第二回講演会 報告 「拉致被害者の救出と北朝鮮民主化に向けて」 講師 荒木和博

 4月22日、東京飯田橋の会議室にて、アジア自由民主連帯協議会主催にて荒木和博特定失踪者問題調査会代表による講演会が開催されました。以下はその報告です。

 まず、日本在住の脱北者から、北朝鮮の現状について興味深いお話がありました。北朝鮮に残されているこの方のご家族に危険が及ぶためこの部分は映像からは省略しますが、北朝鮮でも携帯電話が通用するようになったこと(おそらく北朝鮮が「闇市場自由主義」とでもいうべき自由経済になったことと無縁ではないと思われます)、逆に手紙や電話などはもっと厳しく統制されており、これまでは届いていた手紙がしばしば着かなくなったことなど、社会がかなりの混乱と、そのための統制の強化が混在しているように思われるお話でした。

 続いて荒木氏の講演となり、まず、現在運動の側にも、北朝鮮はあまりにも異常な国家であり、拉致被害者の救援は難しいという先入観が起きてしまっているのではないか、署名運動、集会、カンパ呼びかけなどは確かに大切なことなのだが、そこに留まってしまい、具体的にいかに被害者を救出するのかという点では、一種の思考停止に陥っているのではないかと、まず荒木氏は現状の問題点を語りました。

 続いて、かって平成17年6月14日の参議院内閣委員会で、当時の細田博之官房長官は民主党の森ゆうこ議員の、日本国政府として拉致被害者救出のために何をするのかという質問に対し「先方も政府で、彼らのこの領土の中においてはあらゆる人に対する権限を持っておりますので、これは我々が説得をして、そして彼らがついに、実は生きておりました、全員返しますと言うまで粘り強く交渉をすることが我々の今の方針でございます」と答えたことを挙げ、これは細田氏個人の問題ではなく、おそらく現在まで続く日本政府の姿勢であり、北朝鮮側が返してくるまでは交渉以外何もできないというのが本音なのだろうと述べました。そして、今日の講演会では、今の日本のこの発想そのものをひっくり返すつもりで考えていきたいと述べました。

 そして、まず、拉致の完全解決とは何かと言えば、これは要するに横田めぐみさんであれば、拉致されたその時点、めぐみさんが13歳の少女のままで、自分のおうちに戻っていくというのが完全解決であると荒木氏は述べ、残念なことながら、完全解決というのはもはやありえないのです。拉致問題については、暫定的な解決しかできない、奪われた時間や人生を完全に取り戻すことはできないという残酷な現実を指摘しました。

 更にその暫定的な解決とは、現在いる全ての拉致被害者が日本に帰ってくることであると荒木氏は明確に述べ、おそらく寺越武志さんのように、拉致被害者の中には北朝鮮で結婚して家庭を持っている人もいるとは思われるが、一旦全てを日本に戻し、その上でどちらに住むかを本人の決断によって決めてもらうことが、国家主権の回復と、個人の自由な居住地選択という人権の両面からも必要だと指摘しました。

 そして、次に拉致問題の「進展」とは何かと荒木氏は続け、それは一人でも二人でも、あるいは数人でも、被害者が日本に戻ってくること、それ自体を「進展」だと述べ、また、拉致に対する重要で角度の高い情報がもたらされることも「進展」であり、これらのためには、自分は北朝鮮との交渉も必要だし場合によっては妥協や裏交渉もあっていいかもしれないが、拉致問題の解決のためには、かの北朝鮮独裁体制の転換、打倒が必要不可欠だと断定しました。

 荒木氏は、拉致被害者の内、政府認定拉致被害者は17名、特定失踪者リストは約470名だが、拉致被害者の中には背乗り(パスポート偽造など)のために身寄りがないことを狙って拉致された人がいること、このような身寄りがない人は拉致されてもそれを訴える人もいない。したがって、現在生存している全ての拉致被害者を救出するためには、日本の組織が北朝鮮の中に入り、被害者を徹底捜査して探し出すしかない、そのためには北朝鮮の現体制の転換は不可欠だと再度強調しました。

 荒木氏はその上で、ただし、全てを一度に取り返すこともまた不可能に近いので、その過程として9・17のときのように交渉による何人かの帰国ということはありうるし、その努力もしていくべきだろうと述べ、ただ、この前中井ひろし議員が行ったような日本人妻を糸口にした交渉のような、事前に交渉内容がダダ漏れになるようなやり方では絶対にダメで、本来重要な人権問題であり国民救援という意味で真剣に取り組むべき日本人妻問題を、たとえ善意であれ、安易に取り扱うべきではないと批判しました。

 そして、いい悪いは別として、北朝鮮側は、工作員であれ、また外交官であれ、ある意味失敗したら自殺せよという指令を受けるか、また失敗したら粛清されるという命がけの状態で行動している、日本側が全く覚悟もなく、犠牲を払う決意もなければ、話し合いすらできないのだという厳しい姿勢が対北交渉では不可欠だと述べました。

 そして、北朝鮮と中国の関係について、荒木氏は「唇亡歯寒」あるいは「唇滅歯寒」と言われるように、中国にとって緩衝地帯である北朝鮮の維持は欠かせない。改革開放を求めているとは言え、それはあくまで労働党独裁体制を維持させることが目標であって、北朝鮮の民主化は中国にとって体制を揺るがす一要因になりかねないのだと述べました。そして地政学的にも、朝鮮半島は日本、中国、ロシアの大国に挟まれ、またアメリカの関与もある中、勝手の日露戦争、そして戦後の朝鮮戦争などを見てもわかるように、朝鮮半島がどの国の強い影響下に置かれるかで大きく東アジアの情勢は変わること、6者協議というのは、簡単に言えば北朝鮮という貧乏でかつ危険な国を、他の5か国がおみこしのように担いでいて、とにかくこの国が崩壊したら誰が面倒を見るのかという問題に向き合いたくないので、とりあえず現状を維持している、北朝鮮もそれをいいことにいろいろと無法な要求をしているという状態で、本質的な問題解決などできようはずはないと、6者協議の偽善性を指摘しました。しかし同時に、仮に担いでいた国の一つが投げ出すか、あるいは大きな政策変換をすればこの状況は一気に崩れる可能性もあると述べ、北朝鮮の独裁体制の民主化を通じて、チベット、ウイグル、モンゴルの解放、そして中国の民主化を目指す道を常に志向していくべきだと述べました。その上で、これからは思考実験として、歴史の時計を少し戻し、大東亜戦争について考えてみたいと述べました。

 荒木氏は大東亜戦争は、アジア解放の戦争でも侵略戦争でもなく、失敗した自衛戦争だったのではないかという私見をまず述べたのち、確かに日本軍は中間層や末端の兵士は立派に戦い役割を果たしたかもしれないが、陸軍と海軍の対立など、上層部の判断ミスや、戦略の基本的間違い、いかに、何を守るかという目的がばらばらだったところに敗因があったのではないかと指摘しました。そして、日本が米国との戦争を避けるか早期に終結し、中国国民営との和平がなしとげられていれば、安定したアジアを維持できたのではないか、そうすれば拉致問題はもちろんだが中国における大躍進や文化大革命、天安門事件も起きなかったしシベリア抑留も東南アジアの共産化も起きなかった、現在よりはるかに平和なアジアを確立できていたかもしれないと指摘し、歴史をもう少し別の視点から眺めてみる必要性を示唆しました。

 そして戦後日本は、70年間、アメリカに自国の防衛を任せるという前提のもと過ごしてきた、真の意味での「敗戦責任」も問われず、特に戦時中の圧迫から軍隊へのルサンチマンを持った内務官僚が安全保障や治安の問題を取り扱い、これが現在の拉致問題にもつながっている、そもそも、本来拉致問題とは、主権侵害や他国の工作への対抗として、警察ではなく自衛隊、軍隊が取り扱うべき問題であり、情報収集なども本来自衛隊が行うべきなのだが、そこだけは未だに触らせようとしない。さらに言えば、これは証拠はないが、アメリカも本当のところは日本の主権意識の目覚めを警戒し、拉致問題を自主的に日本が解決することにはそれほど協力的ではないように思われる点もあると、荒木氏は戦後の本質的な問題点を指摘しました。その上で、予備自衛官としては言いにくいが、自衛隊は拉致問題や安全保障の問題に対し、実は高い意識を持っている人はそれほどいない、自分たちの訓練は、結局のところ人を殺すことなのだという覚悟や教育も不十分で、今現在戦争に参加したら、後にPTSDなどひどい問題が起きる恐れもあると、現場の立場から問題を提起しました。

 そして、趙紫陽の回顧録を読んだが、やはり、天安門事件が中国の大きなターニングポイントであって、今後も中国の膨張と軍拡は止まらないだろう、アメリカは徐々にアジアから撤退していく、その中、この東アジアに自由と民主主義を実現するのは、やはりまず日本の役割であり、拉致被害者も、帰国者・日本人妻も、そして北朝鮮民衆を救うのも、自由民主主義の防衛と拡大という道でしかありえない、今の日本の政治教協ではとても無理だと思うかもしれないが、逆に言えば、この戦後体制、敗戦を前提としたこの体制を乗り越えるにはこの道しかなく、これを乗り越えようとしたら、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮、もしかしたらすべてが妨害に来るかもしれないが、この包囲網を打ち破ってこそ次のステップに上がれる、それが実は中国や北朝鮮の民主化の道であると荒木氏は述べました。

 そして、北朝鮮でも、中国でも、ウイグル、チベット、モンゴルでも、今抑圧化で人間が死んでいく、これを救うのが我々の使命であり、正直、保守派の人たちには、大東亜戦争はアジア解放の聖戦だったという人がいるが、それならば今のアジアを解放する運動に取り組まなければ戦死した人たちは浮かばれない、また、左派の人たちは、日本な侵略国だったと謝罪するが、それなら、今もアジアで侵略が続いている現状に抵抗し、人権改善を実現しなければ偽善になってしまうと、それぞれの立場の人々が今立ち上がるべきだと述べました。そして、実は今の自衛隊でも十分拉致被害者救出のための手段はあるはずで、それができないのは、できないという思考停止に陥ってしまっているからだ、かって世界中と戦争した日本国の歴史を思えばその程度のことができないはずがない、私たちが学ぶべきはむしろ過去の日本の歴史ではないかと述べました。

 そして、荒木氏は、人間の生命は何よりも大切だ、というのが戦後の原則だったと指摘したのち、その考えはもちろん誤りではないが、例えば、災害時には2次災害の危険を犯しても、一人の人間の命を救うために何人ものレスキュー隊が危険な地域に踏み込む。この前の3.11でも、自分の命を守るよりもまず他の多くの人たちを救うために行動した人は決して少なくなかった。もしも命が大切なら、自分の命を捨ててまで何かを守る必要はないことになるけれども、人間はそのような存在ではなく、時には犠牲を出しても守らなければならないものがあるという姿勢を持った時、この拉致問題も解決に向かうのではないかと述べ、講演を結びました。(三浦小太郎)


登壇した会長 ペマ・ギャルポと副会長 吉田康一郎。


第二回講演会「拉致被害者の救出と北朝鮮民主化に向けて」講師 荒木和博
http://www.youtube.com/watch?v=cqOi1lpCKc4

2012年4月22日に行われた、アジア自由民主連帯協議会第二回講演会「拉致被害者の救出と北朝鮮民主化に向けて」の動画です。

講師
荒木和博(特定失踪者問題調査会)

挨拶
会長 ペマ・ギャルポ
副会長 吉田康一郎

司会
三浦小太郎

※講演会告知より
https://freeasia2011.org/japan/archives/1062
金正恩三大世襲体制、ミサイル発射と異常事態が続く北朝鮮。拉致被害者奪還、そして独裁政権の民主化への道のりはいまだ不透明な状態です。ミサイル発射や金日成生誕100周年を祝う金正恩独裁体制に日本はどう対峙すべきか特定失踪者問題調査会の活動を通じて拉致問題の核された闇を追及してきた荒木和博氏と北朝鮮を脱出しここ日本に生活している脱北者の視点を通じて考える講演会を開催します。

※紹介イベントと本
・「光射せ!」北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
http://hrnk.trycomp.net/
・「最終目標は天皇の処刑 中国『日本解放工作』の恐るべき全貌」
ペマ・ギャルポ 最新刊 飛鳥新社
http://www.asukashinsha.co.jp/book/b98954.html
・「ウイグル音楽祭」のお知らせ
https://freeasia2011.org/japan/archives/1187

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