ラビア・カーディル総裁に聞く ウイグルの「いま」(後篇) : WEDGE Infinity(ウェッジ)

2012年06月08日(Fri) 有本 香 (ジャーナリスト)

 国際社会は、とつい書きたくなるのだが、その一員である私たちは、ウイグルやチベットの現状に対し冷淡すぎはしないか? 先週、本コラムでお伝えしたが、世界ウイグル会議(以下:WUC)のラビア・カーディル総裁は、2009年7月5日の「ウルムチ事件」以後、中国当局によるウイグル人への弾圧は激しさを増し、いっそう暴力的になったと述べている。その言葉を現実のものとしたかのような事件が、ホータンで起きた。

「違法な宗教学校」に踏み込んだ警察

 インタビュー後半の内容をお伝えする前に、直近の事件の概略のみ触れておく。6月6日、ホータン市で、当局が“違法な宗教学校”と呼ぶイスラム学校に警察が踏み込み、催涙ガス爆弾等の火器を用いたため、ウイグル人の子供12人が負傷、女性11人を含む54人が拘束された。例によって、中国メディアと、欧米メディアおよびWUCの伝える内容には隔たりがある。

 ウイグル地域では今もこうした事件が絶えない。そしてチベットではすでに数十人がガソリンをかぶり、自身に火を付けて「抗議」をした。その凄絶な抗議を、中国政府に向けられたもの、とのみ考えるのはもはや間違いだ。抗議は、「同じ地球に住む仲間」である私たちにも向けられている。「なぜ、黙殺しているのか?」と。

「捕まえろ! 殴れ! 殺せ!」というスローガンの下に

 「ウイグル人を『捕まえろ! 殴れ!(それでもダメなら)殺せ!』というのが、当局の厳打キャンペーンのスローガンといわれています。若い男女の中国内への強制移住などの政策も大規模に行なわれており、いまやウイグル人は民族絶滅の危機にまで追い込まれている。一方で、故郷でごくふつうに暮らしている者もいつ何時、命を奪われるかわからない。事態は切迫していて時間がないのです。まず、そのことを皆さんにわかってほしい」

 ラビア総裁は身を乗り出さんばかりに訴えた。暴力的な弾圧は、子供であろうが、女性であろうが、容赦ないのだという。インタビューより後日ではあったが、5月下旬にはコルラで、当局に拘束された12歳の子供が、拷問死と思われる変わり果てた姿で遺族のもとへ還された。子供の脇腹には穴が空いていて内臓が飛び出ていたとも伝えられた。

 「21世紀の現代にこんなことが許されていいのでしょうか? 明らかに人道上の罪を行なっている首謀者がなぜ、国際的に裁かれないのか? 私は彼らが国際的に裁かれる日まで闘いを止めません。私たちには時間がないといいましたが、反面、民族の存亡を賭けた闘いは世代を超えてやり抜かなければならないとも思っています」

「ラビア総裁勇退説」も流れていた

 非暴力の世代を超えた闘いのために、今般、東京で開催された代表者大会では今後4年間の指導部体制、人事が固められた。指導部の全役職は代表者による選挙によって決められ、その模様はインターネット上に映像で公開されている。総裁候補はラビア・カーディル氏一人であったが、99票という最高得票数で信任された。しかし、この決定の前に「ラビア総裁勇退説」が流れ、内部からもそのような考えが示された経緯もある。この件を聞くと、苦笑交じりで次のような答えが返って来た。


 「事前に、外国人の友人から、『WUCの総裁職は別の人に譲って、あなたは、WUC外の人を含む、世界中の『ウイグルの母』としての活動をしてはどうか』という助言もありました。でも、私は総裁に留まろうと決めた。なぜなら、WUCの大多数が私の総裁再任を望んだし、ここを強化していくことが有意義だと思ったからです。結果として、北京の思惑どおりにもならなかった……」

ウイグルの母であり 実務家であり続ける

 「ラビア・カーディルはダライ・ラマを見習ってWUCの総裁を引退すべきではないか」

 「ラビア・カーディルがWUCの総裁を引退すれば展開が変わるのではないか」

 WUC代表者大会開催の前、「中国側の意向」として流れていたのはこうした「意見」であった。一方、WUCにとって、近年、徐々に高まって来たとはいえ、未だ国際的知名度が圧倒的に不足しているウイグル問題を、今後いかに世界に訴え、ウイグル支援者を増やしていくかは依然、大きな課題として横たわっている。その悩みの中で、皮肉にも、「北京の意向」に合致した意見――ラビアさんが、一組織(WUC)の総裁という実務から離れ、チベットのダライ・ラマのように、民族の象徴=「ウイグルの母」としての活動に専念してもらうほうがいいのではないか――が、WUCの一部から出たというわけだ。

 しかし、これを深刻な内部対立のように見るのは正しくない。さまざまな意見が自由に出、議論が交わされる中で、指導部体制や物事が決まっていくということにこそ「民主」の基本があるといえるからだ。結局、WUCの圧倒的多数の代表者らはラビア総裁の再任を望み、ラビアさんもまた「実務家」の道を選んだ。これは正しい決断だろう。

チベット問題とウイグル問題の異なる点

 チベット、ウイグルの問題は、当事者の一方が中国共産党であることや、常態化している人権侵害の凄まじさという点等、共通項は多いが、一方で、当然、異なる点も多い。両民族の長い歴史もさることながら、中国共産党の侵略から今日までの国外における両者の状況はとくに大きく異なっている。

 チベット側は、元々チベットの統治者であったダライ・ラマ法王と側近が外へ逃れ、インドに「亡命政府」を作った。チベット国内でのゲリラ戦を経験する一方で、自前の「憲法」、議会、行政組織から、実効力はないものの司法機関までを備え、独自の教育機関をもって「国民教育」を進め、近代国家建設への準備を進めてきた。亡命政府は、「中国からの独立は求めず、高度な自治のみ求める」という、細部までよく練られた中道政策を掲げてはいるものの、状況が変われば即、自らが統治者たり得る基盤を作り上げて来た。


 一方のウイグル運動も、独自の歴史を重ね、多くの立役者を擁してきたが、その目指すところ、戦略、組織等、未だ不明確な部分も多い。これは、中心となる組織、強力なリーダーが不在だったことが主たる理由ではある。世界ウイグル会議は、世界各地のウイグル運動体の上部機関として活発に活動しているが、チベット亡命政府のように、全世界の同胞の人心を代表した存在たり得ているか、といえば、完全にイエスとは言い難い。つまり、ウイグル運動はまだ緒に就いたばかり、ともいえるのである。

 であれば、「チベットのダライ・ラマのように」と考えるウイグル側は、ダライ・ラマ法王が、半世紀もの長きにわたり、亡命政府トップという「実務家」として、その機構、政策の構築に努めて来た点を重視すべきだ。世界にはまだWUCの傘下にないウイグル人運動体が数々ある。今後それらが連携するためにも、ラビアさんという稀代の実務家が、抽象的なシンボルとなるのではなく、むしろ、WUCを強化し、ウイグルの未来像を明確に描き出し得る機構へと成長させるために働くということが得策だろう。

日本、アジアとの連携 トルコ、イスラム世界との連携

 「日本国内での活動はもとより、アジアでの活動を強化させたいと思います。台湾、東南アジア。そこにはイスラム・コミュニティ、イスラムの国もありますから。さらに民族的同胞であるトルコでの活動にも力を入れたい」

 というラビア総裁の言葉の具現化の一つとして、今般、アジア担当の副総裁に在日ウイグル人のイリハム・マハムティ氏が就任した。WUCは従来、欧米を主たる活動の場としてきた。このことは、WUCがヨーロッパへの亡命者らにより設立されたという経緯や、国連等の人権関連機関がヨーロッパにあること、一方、資金の面では、米国議会の予算から出資されている「全米民主主義基金」の援助を受けてきたことと無縁ではない。

WUC日本開催の意義

 日本とごく一部の国を除けば、欧米発の「人権」あるいは「民主」といった価値が社会に浸透しているとは言い難く、しかも中国の影響力の強いアジア各国で、ウイグル運動を進めることは容易ではない。チベットですら、まだアジアでの盛り上がりは小さい。他方、イスラム諸国の支援も容易ではないだろう。現に、多くのイスラムの国が、北京との関係上、ウイグル運動に寛容ではないし、民族的同胞であり、国内でのウイグルの活動に比較的寛容なトルコでさえ、ラビア総裁、ドルクン執行議長の入国を認めていない。

 「だからこそ、今回の日本開催が重要だったんです」とラビア総裁はいう。たしかに、日本が、北京の圧力を受け流し、WUCを開催させたことが世界に報道されると、後日、トルコの議会は、「日本があれほど支援しているのに、われわれは同胞に対し冷たすぎるのではないか」との意見で紛糾した。日本開催を、世界へのアピールの起爆剤にしたい、というラビア総裁の目論見はある程度、当たったといえるのだろう。しかし、「今後の道のりはけっして平たんでないことも承知している」と表情を引き締めた。

 「ウイグルの惨状を人権問題として訴えること、国連や各国議会、政治家、人権団体へのロビー活動といった従来の活動に加え、ウイグル文化や歴史の研究、発信にも力を入れて行きたいと思います。政治以外の面からもウイグルを理解してもらいたい」


日本と日本人に向けて

 インタビューの最後、ラビア総裁は「あらためて日本国政府と日本人にお礼を言いたい」と述べた。たしかに、今般の会議開催にあたって日本政府は北京の圧力をものともしなかったし、与野党の国会議員らも中国側からの内政干渉的反応をはねのけた。

 野田総理は、北京での温家宝首相との会談の席で、「今後、日中人権対話の場を設けたい」という画期的な提案までしている。問題をさまざま抱える現政権ではあるが、この点は高く評価されてしかるべきだ。民主党批判で熱くなっている人たちは、日本政府関係者や後日北京を訪れた鳩山元総理が、「チベット、ウイグルの問題は中国の内政問題」と発言したことに批判の声を高くしているが、これは何も現政権が始めた方針ではなく、自民時代から続く日本政府の見解であり、何より国際的に認められた「事実」でもある。

 むしろ北京五輪が開催された2008年に、チベットで多くの人が命を落とした弾圧があったとき、当時の自民党福田政権が、この「内政問題」発言を繰り返し、「相手(中国)の嫌がることには触れない」という態度で押し通した。とかく日本国民は忘れやすい、ということなのだろうか?

真価が問われる日本の対応

 以前にも本コラムで述べたが、野田総理はこの2008年当時、野党議員として国会で、「チベットやウイグルの人権問題について、中国側に懸念を伝えていくべきではないか」という至極真っ当な質問をしている。今日の野田総理の諸対応は一貫した野田氏の「人権への意識」を反映させたものだろうが、いま、その真価がさらに問われている。

 冒頭で触れたとおり、中国当局によるウイグル人への弾圧、とくに宗教弾圧は年端のいかない子供にも容赦なく行なわれていると見ていい。筆者の電話取材に対し、WUC副総裁のウメル・カナット氏(在ワシントン)は、「事件の起きたホータンは、今となっては主要都市のなかで唯一のウイグル人口比率の高い街です。それゆえ、弾圧の重点にされている」と危機感をあらわにした。

 この状況に対し、野田政権、日本の政治家は何らかの発信をするのか? 中国大使から自身へ届けられた書状の無礼に憤るだけではなく、こうした現地ウイグル人の苦しみに対してこそ声を挙げてほしい。一日本国民として心からそう祈るばかりだ。いま、海の向こうで祖国の子供たちが見舞われた惨事に胸を痛めているであろう「ウイグルの母」も、同じ期待をもって日本を見つめているに違いない。


ラビア・カーディル総裁に聞く ウイグルの「いま」(後篇) : WEDGE Infinity(ウェッジ)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1969?page=1



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