新書紹介「空山 風と火のチベット」阿来著 山口守訳

空山 風と火のチベット

 四川省生まれで母親がチベット族の作家、阿来の小説が初めて日本に紹介された。本書は、チベット現代史の波にさらわれたジル村を舞台とした連作小説だが、フォークナーや中上健次の小説を思わせる幻想的かつ悲劇的な優れた文学作品である。そこでは中国の侵略がいかにチベット社会と伝統を崩壊させたかも示唆されているが、同時に、チベット民族を決して理想的に描いてはいない。収録された二作品のうち、巻一「風に散る」では、病弱な友人を爆竹で傷つけ、殺してしまったという誤解を受け、村で疎外されてゆく私生児の少年の物語だが、彼が自ら死を選ぶ場面を直接描かず、まるで民話か幻想小説のように描き、まるで現生のすぐ近くに異界があるかのように感じさせる。

 巻二の「天の火」では文化大革命当時の悲劇が、単なる中国批判ではなく、チベット仏教が堕落した場合の危険性をも強く指摘し、我々現代社会のカルト宗教への的確な批判にもつながる思想的な普遍性を備えている。破壊が神聖であり再生への道だなどという破滅願望、全ての衆生の幸せは自分の信じる思想を信じることだという傲慢さにおいて、堕落した宗教者と共産主義者はどう違うのか、という問いかけは深く重い。この「空山」は全六巻の大作だという。今後も連作が翻訳されてゆくことを期待したい。(三浦小太郎)

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