「日朝協議は日本人妻救出の最後のチャンス」三浦小太郎 : 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会

※これは私(三浦)個人の意見ですが、ある保守系のミニコミ(呉竹会「青年運動」)に書かせていただいた文章を掲載します

日朝協議は日本人妻救出の最後のチャンス
三浦小太郎(評論家)

 日本と北朝鮮両政府間の日朝協議が開催され、8月末か9月には何らかの調査報告が北朝鮮側からなされると予想されている。今回の北朝鮮政府の歩み寄りは、確実に中国との関係悪化、というより中国政府の支配下に置かれることを拒絶した北朝鮮政府の張成澤処刑の必然的な結果である。しかし、日本政府は北朝鮮に捕らわれのままのすべての日本国民救出のチャンスとして、この交渉を必ず前進させなければならない。

 もちろん拉致問題が日本国の主権問題として最重要の課題であることは疑いを得ない。しかし、今回の日朝協議で「日本人配偶者」こと、帰国事業で北朝鮮に渡って行った在日朝鮮人の、主として妻として同行した日本国民について「生存者の帰国を含む去就の問題について日本側と適切に協議」することを北朝鮮側が認めたことに、筆者は大きな期待を抱いている。日本国籍のまま朝鮮人と結婚し、そのまま北朝鮮に渡った約1800名の日本人妻たち、この同胞である「日本国民」達にかすかな光が当たったのだ。

 日本人妻たちの多くは、当時は結婚した時点で家族に反対され、多くは縁を切られていた。さらに北朝鮮に夫とともに渡となれば、もはや家族からは見捨てられた存在である。北朝鮮は1960年代当時、すでに乏しい配給だけが頼りの国だった。そこに家族からの仕送りの全く期待できず、朝鮮語もしゃべれず、勿論地元に親戚も知人もいない日本人妻たちがどのような日々を送らねばならなかったか、そして子供たちを育てるためにどれだけの苦労を強いられてきたかは、私たちの想像を絶するものがある(彼女らの多くは、日本を発つときすでに子供を連れているか身籠っていた。夫が子供を連れて北朝鮮に渡ることを決意した時、子供を捨てることが出来ずについて行ったケースは大変多い)。

 私は脱北者から、北朝鮮での日本人妻の思い出を聞いたことがある。ある街では、60年代に14人いた日本人妻は、2000年代初めその人が脱北したときは、もう2名しか生存していなかった。死因は餓死がほとんどで、絶望し自殺した人もいた。「だから生き残っている日本人妻は、単純に計算したら7分の1以下じゃないですか?」その方は今生存している日本人妻の数はどれくらいかと聴かれて、こう答えた。

 また、別の脱北者は、日本人妻でどうしても忘れられない思い出を語ってくれた。彼女は、自分自身よりも、子供を育て護るために必死で働いた。日本で覚えた料理を作っては、毎日各家を回ってはいくらかのお金と変えていった。電気もガスもろくにない北朝鮮で、燃料は木材や泥炭のようなものだけで、夏に家の中で炊くことは辛かったが、それに耐え抜くしか生きる道はなかった。そして、ある日から、一人の日本人妻が朝日が昇る前に家を出て、早朝にまた戻ってくるようになった。こんな朝早く何をしているんだろうと思ったら、北朝鮮の地方新聞に「日本人妻たちが毎日、金日成将軍様の肖像画を磨きに行っている、彼女たちは、北朝鮮で何の不安もなく幸せに生きていくことが出来るので、その感謝の念を表しているのだ」という記事が載っていた。

 正直その脱北者たちは、こんなことまでするのか、という憐れみと嘲笑するような表情が思わず浮かんでしまったという。しかし、それに気づいた日本人妻は、いつも決して声など荒げない人だったのに、その時だけは「私のことを笑っているんでしょう。わかってますよ。でも、私は喜んでやっているんじゃない。もう拷問だよ。疲れ切っているのに暗いうちから起こされて」と、泣き叫ぶように訴えた。北朝鮮では、このように政府へのちょっとした不満を公的な場で言うだけで密告される危険性がある。しかし、この一言だけは、彼女は叫ばざるを得なかった。これを私に語った脱北者は、この時は本当に彼女を傷つけてしまったと悔やんでいた。この日本人妻は、その子供が比較的豊かで、日本からの仕送りが期待できる帰国者の家に嫁いだとき「これでせめてこの子だけは食べ物の心配をしなくて済む」と喜んでいたという。

 また、別の脱北者から聴いたもう一人の日本人妻の話である。彼女はとても教養の高い女性だったが、想像を絶する貧しい生活の中、彼女の子供たちが、同級生の帰国者の家に比べても我が家は余りにも食べ物がひどい、と訴えた。先述したように、日本人妻の家は仕送りもなく、わずかな配給食糧しか頼るものがなかったのだ。その脱北者は「もし朝鮮人ならば、泥棒や物乞いをしても、子供に食べさせる。そうでなければ、その場で子供たちを怒鳴りつけて、我慢するよう命じるでしょう。しかしその日本人妻は、ただ一言「そうですか」と答えるだけでした。」そして、子供たちが眠っている間に、僅かな配給を一家全員の分をきちんと配分し、紙に包んで、翌朝子供たちに渡した。「次の配給日まで食べ物は家にはこれだけしかないから、皆注意して食べなさい」怒るでも悲しむでもなく語る母親に、子供たちも黙って受け取り、それからは一言も不満も漏らさなかった。この家は、他の朝鮮人の家とは異なり、常に一家は礼儀正しく、声を荒げる人もおらず、子供たちは亡くなるまで母親に畏敬の念を持ち続けた、この日本人妻の気品と凛とした厳しさ、深い教養は忘れがたいとこの脱北者は私に語った。彼女は如何なる貧しさの中でも、「日本の母親とその家庭」の誇りを守り続けて一生を終えたのだった。このような「日本人」たちの足跡は、朝鮮人を悪しざまにののしる人からも、また安易な友好を語る人にも知られることなく、日本と朝鮮半島の歴史に深く刻まれている。

 この人たちを「自由意思で結婚し、朝鮮人の夫について行った以上自己責任だ」と言い切る言説に対して、私は論理以前に余りに冷酷なものを感じる。総ての国民の運命が自己責任の一言で語られ、苦境の中誇りを守って生き抜こうとしている同胞に一片の同情も抱けないような、そのような国が日本のあるべき姿なのだろうか。日本人妻の中には、北朝鮮の政治犯収容所で殺された人もいることは確実だ。この人々の運命を思う時、この日朝協議が、せめて生存する日本人妻とその家族に対し、日本国が同胞としての愛と意志を示す場であってほしいと祈念する(終)


「日朝協議は日本人妻救出の最後のチャンス」三浦小太郎(評論家): 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=01103



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