【書評】「チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史」楊海英著 文藝春秋

チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史 楊海英氏の近著「チベットに舞う日本刀」(文藝春秋)ほど、読んでいて辛い気持ちになる本は少ない。満州事変以後、南モンゴル(原題の内モンゴル「自治区」)は日本の強い影響下に入った。すでに清朝時代から漢民族の流入と草原破壊に怒っていたモンゴル人たちは、日本の陸軍士官学校で学んだジョンジョールジャブを中心にモンゴル独立軍を形成したが「五族協和」の満州国建設を基本方針とした日本は、あくまで満州国内の自治にとどめることになる。

 しかし、日本が建立した陸軍興安学校は、モンゴルの若者を、伝統的な騎馬民族の技量と、近代的な軍事教練や射撃術を兼ね備えた強力な騎馬軍団に編成していった。興安学校の授業は日本語とモンゴル語で行われたが、生徒たちの学習意欲は高く、日本語の習得速度は日本人教員が驚くほどだった。自力の軍隊を持つことが独立への第一歩である。日本刀と銃器を騎馬のまま巧みに操るモンゴル騎兵たちはモンゴル独立と民族復興の象徴だった。特にモンゴル人たちが愛したのは、美しさと武器としての強さを兼ね備えた日本刀だった。

 日本の敗戦と満州国の消滅後、モンゴル人たちは再び独立を求めて起ち上がる。しかし、1944年に独立した東トルキスタン共和国(新疆ウイグル)と、南モンゴルは、ともに中華民国の領土として編入されることが、ヤルタ協定で全くモンゴル人たちの意志とは関係なく決定された残酷な国境の線引きであり、この一点をとっても、第二次世界大戦はアジアにおいては中国帝国主義の確立をもたらしたと断言できる。そして、国共内戦時、中国共産党は民族の自決を認めるという宣伝にモンゴル人たちは騙され、モンゴル騎馬軍団は共産軍と共に国民党と戦い、蒋介石を台湾に追いやる。

 そして中華人民共和国建国後、モンゴル騎馬軍団は、チベット侵略の先兵として駆り出された。中国軍はスターリンに与えられた爆撃機による空爆を行い、非武装のチベット民衆を虐殺したが、抵抗する勇猛なチベットゲリラは、中国軍に対し激しい抵抗を繰り広げた。残酷なことに、チベットゲリラを殲滅したのは、日本軍に学んだ銃剣術と、素早く勇敢な攻撃力を持つモンゴル騎馬軍団だった。

 しかし、捕虜を女性や子供まで残酷に虐殺する中国兵と違い、モンゴル兵は決して捕虜虐待をしなかった。あまりに残酷な中国兵のふるまいに、脱走する捕虜を見逃し、女性や子供を保護したモンゴル兵の姿も本書に記されている。モンゴル兵の中には、チベット仏教に由来するターラー菩薩讃歌を戦場のテントで静かに唱えるものもいた。そしてこの騎馬軍団は後に解体され、抵抗能力を失ったモンゴル人たちは全土における虐殺と拷問にさらされ、伝統的な牧畜文明を完全に破壊されていく。現在に至るも南モンゴルは漢民族の事実上の植民地下にある。

 南モンゴル独立の希望だった日本刀が、最後にはチベット戦士の血に塗られたという現代史の悲劇を、私たち日本人が看過することは許されないだろう。(三浦小太郎)


『チベットに舞う日本刀 モンゴル騎兵の現代史』楊 海英 | 単行本 – 文藝春秋BOOKS
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163901657

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