【書評】「アキとカズ―遥かなる祖国」喜多由浩著 集広舎

「アキとカズ」喜多由浩著 集広舎 産経新聞の連載小説「アキとカズ」が、この8月、集広舎から出版された。あえて一言でこの小説を語れば、これは一九四五年八月に「始まり」今も継続中の「七〇年戦争」を描いた小説だ.。一九四五年八月一五日は、樺太においては終戦でもなんでもなかった。日本国はポツダム宣言を受け入れたにもかかわらず、ソ連軍は八月一一日以後、樺太占拠、そしてその後の北海道侵攻を目指して、残酷な攻撃と民間人の虐殺を続けていたのだ。本書はまずその樺太で幕を開ける。この時女性ながらソ連軍に勇敢に立ち向かい、樺太が占領されたのちはソ連に抑留される昭和元年生まれの少女、アキこと寺谷昭子が、本書の主人公の一人である。

 もう一人の主人公、カズこと並河和子は、アキの双子の妹として生まれた。東京の左官屋に里子に出され、そこで大空襲で養父母を失い、叔父の家で八月一五日を迎える。戦争は終わった。しかしそれは解放でも平和でもなく、邪魔者扱いされる親戚の家で、闇市の「かつぎ屋」をする日々の始まりだった。
 戦争中、二人はそれぞれ恋人がいた。しかし、アキの恋人、誠はシベリアに抑留され、そこでアキのことを思いながら亡くなる。カズの恋人、松男はフィリピンのレイテ島で米軍と闘い、心ならずも捕虜となり、他人の罪を背負って戦犯として拘留されていた。
「戦後」という言葉は、しばしば平和の象徴として語られてきた。しかし、戦後は彼らにとって、形を変えた戦争の継続に過ぎなかったのである。

この二人の運命を中心に、物語は樺太残留の日本人・韓国人問題、北朝鮮帰国事業、そして拉致問題にいたる戦後史を描きぬいてゆく。カズは樺太の朝鮮人朴大成、アキは日本で朝鮮人李哲彦と、それぞれ運命的な形で結ばれるが、この二人の朝鮮人はいずれも時代の運命を背負った重い存在として描かれている。特に李哲彦の運命は痛ましい。危険な闇市で働いていて「木下哲彦」と名のっていた李と出会ったカズは、三年間は指一本触れないという約束のもと、家を出て彼と「同居」することを約束した。だが、李の家が朝鮮人部落だったことに気づき、彼が自分の出自を隠していたことを知る。そして、三年間は指一本触れないという約束も破られ、カズは李哲彦に強引に体を奪われてしまい、美子という娘が生まれる。

 しかし、李哲彦は決して悪人としては描かれていない。カズへの思いも、すれ違いはあっても純情なものであり、同時に、日本に深い憧れを持っていたことも確かなのだ。しかし、李哲彦の現実は、朝鮮人集落があるごみの埋め立て地から、屑鉄や金目の金属をさらい、悪臭と重労働の跡は酒を飲んで眠るだけの日々だった。彼は既に、北朝鮮への帰国事業にしか希望を見いだせなくなっていく。決定的だったのは、松男が釈放されて日本に戻り、朝鮮人集落にカズを尋ねてきたことだった。このままではカズは自分を棄ててしまうかもしれない、そう思った李はますます北朝鮮帰国への意志を固める。

 しかし、北朝鮮の実情は、言うまでもなく、貧しく、自由もなく、常に監視員や密告にさらされ、いつ強制収容所に送られるか分からぬ恐怖におびえ、そして希望する大学への進学などままならぬ独裁体制でしかなかった。李哲彦は胸を病み、ろくな薬もない中、最後はカズにみとられながら失意のうちに死んでゆく。
「こんな国へ連れてきて本当に悪かった。お前と一緒に夢を見たかったんだよ。オレは、新橋の闇市でお前を見かけた時から、ずっと好きだった。どんなことをしても、ウソをついても、離したくなかった。日本のことも大好きだった。けれど、オレが愛した二つともが振り向いちゃくれなかった。」
 この最期の言葉に、カズは、優しさというものがあるならばこの言葉のことを指すのだろう、というべき美しい言葉で答え、李哲彦はその言葉だけを抱いて死んでゆく。李にとって、自分が愛した日本の象徴こそがこのカズだったことがよく分かる感動的なシーンだ。

 本書はこの後、やはり小説でしか為し得ない意外なストーリー展開の中で、アキとカズの運命が交差し、かつ、実在の帰国者歌手、永田絃次郎をモデルにした「長田健次郎」とその日本人妻、そしてその娘たちのエピソードが重要な伏線として描かれてゆく。その過程で、日本人拉致事件、そして北朝鮮に亡命の形で潜入してでも内部情報をつかみ拉致被害者たちを救出しようとする外交官、自衛隊関係者、実業家などがそれぞれの信念に基づいて北朝鮮と、それ以上に日本政府の無策に挑みつつ人々を救出しようとするストーリーと、北朝鮮国内の地獄というべき抑圧体制が交互に描かれて行く。

日本政府が本来やるべきことが、対話・圧力・実際の救出活動のすべてにおいて、民間の有志が中心となって進められ、幾多の困難の中で挫折しつつも着実に結果を出していくことが描き出される。ここには、様々なNGOの献身的な努力、志のある企業家、わずかながら信念を持った外交官と政治家、そして現役・退官を問わず国民の主権と国家の名誉を守る確固たる意志を持つ自衛官などの存在を、直接の取材によって実感してきた著者のジャーナリストとしての経験がふんだんに生かされたと言ってよく、しかも、本来の日本はかくあるべしと信ずる著者の希望もひしひしと感じさせる。

 犠牲を出しつつも拉致被害者救出を、たとえ一部といえども成功させる本書後半のクライマックスについてはここでは触れない。アキの悲劇的な最期、その遺志を継ぐカズの思いで結ばれる本書は、この七十年の「平和」の偽善を撃ち、日本国に棄民され、他国にその生涯を蹂躙されつつも、決して闘うことを止めなかった人々にとっての「七〇年戦争」の記録であり、その戦争は今も継続していることを証する文学作品である。最後に著者の言葉を引いておく。
「私が思う『まともな国家』とは、確固たる国家の意志と戦略を持ち、それを実践するパワーを持った国のことである。こんなシンプルがことが戦後七十年たっても、できていない国の在り方こそ、メディアは問うべきであろう。中学生の少女が暴力でさらわれたことがはっきりしているのに、約四十年たった今も有効な手を打つことができない。慰安婦問題でのウソの証言が明るみに出た後も、わが国への「口撃」を止めない隣国の首脳や、日本の領土を不当に占拠しつづけ、新たな野心をむき出しにする国々に対抗することもかなわない……。」

「この物語『アキとカズ──遥かなる祖国』のテーマは、まさしくここにあった。物語の主人公である双子の姉妹、アキ(昭子)とカズ(和子)は言うまでもなく『昭和』の時代を象徴している。いまだ『まともな国家』たりえず、昭和の戦争を精算できない日本という国の姿を、双子の姉妹を通して描いてみたかった。その一方で、異国に閉じ込められた日本人を、あるいは日本の誇りを取り戻す闘いを二人の活躍に託した、といってもいい。」

 託された思いを受け取るのは私達国民一人一人のはずである。


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