【講演会・報告】協議会第27回講演会「韓国大統領選の結果を受けて 朝鮮半島はどこへ向かうか」

アジア自由民主連帯協議会第27回講演会
「韓国大統領選の結果を受けて 朝鮮半島はどこへ向かうか」報告

 5月28日、アジア自由民主連帯協議会主催の講演会「韓国大統領選挙の結果を受けて、朝鮮半島はどこへ向かうか」が開催された。講師は西岡力氏とホンヒョン氏(統一日報主幹)。

 まず西岡力氏の講演から始まった。氏は、今、韓半島は南北共にレジーム・チェンジが進んでいる、南北いずれの体制が先に代わるのかはまだ判断できないが、少なくとも、現状維持の時代は終わった「いよいよ民族の正当性と、そして朝鮮半島に住む人たちの幸せをどちらの勢力が実現できるのかという、軍事、政治、歴史、文化、すべてをかけた戦いが最終段階を迎えている」と指摘した上で、アジアの自由民主連帯という当協議会の立場からしても、また自由民主主義の価値を信じる日本国民としても、大韓民国による自由統一こそが望ましい結論だと述べた。

 続いて、尊敬する韓国人学者、故李命英氏の言葉を引用した。「歴史とは川の流れのようなものだ。最終的には韓半島も自由化する。それが人類の歴史の流れだ。しかし西岡君、川の流れが逆流するふちのようなものがある。もしかしたら、そういうふちに韓半島が入ることもあるかもしれない。」李氏は、金大中政権誕生直前に亡くなったけれど、親北政権ができることをこのような言葉で大変危惧されていた、もしかしたら、韓国がそのような状況に陥ってしまうかもしれないと述べました。

 その上で、今回当選した文在寅大統領について、彼はその著書(『大韓民国が尋ねる-完全に新しい国、文在寅が答える』未訳)大韓民国の歴史を建国から否定、韓国は建国のときから汚れていた。だから、その主流勢力を全面的に後退させるのだという歴史観を持っている人物だと紹介しました。西岡氏によれば、文在寅の両親は北朝鮮の出身で、韓国に避難、避難民収容所で文は1953年に生まれています。ソウルの慶熙大学生時代、デモをして1975年に逮捕されているが、この時は北朝鮮に通じていたわけではなく、留置場に二か月ほど入っていただけでした。当時、有罪を受けると大学は除籍になるシステムで、その後は強制的に軍隊に行くことがあり、特戦団に入っている。西岡氏は「文氏は、自分は特戦団出身だから反共なのだと言っていますが、自分で選んだのではないです。学生たちは自分でどこに配属されるかを選ぶことはできませんでした。」と、文在寅の言説を解説した。

 除隊後、文在寅は司法試験に合格。西岡氏は、文の思想が大きく変わったのは、80年代以後、元大統領盧武鉉と一緒に弁護士活動をしていた時期だと推測する。ここは重要なので西岡氏の発言を引用する。

「彼(文在寅)は1982年に起きた釜山アメリカ文化院放火事件の弁護をします。韓国の学生運動は、70年代までは自由民主主義を求める反共が主流でした。ところが、1980年の光州事件を契機にして反米が入ってくる。そして、その反米を、テロをもって表したのが、この釜山アメリカ文化院放火事件です。図書館で勉強していた韓国の女子学生1人が死んでいます。その事件の犯人を弁護したのが当時の文在寅です。」
「もう一つ、1989年の東義大事件を弁護しました。これは大学の中に警察官が入り、監視していたら、それを学生の側がとらえて暴行を加えた事件です。機動隊が警察を助けにいったら、火炎瓶が投げられ、機動隊にけが人が出ました。その犯人を弁護しました。」
「ところが、その犯人たちを、盧武鉉政権のときだと記憶していますが、民主化運動の運動家として政府が表彰している。いま年金をもらっている。警察のOBたちはものすごく抵抗しましたが、それを表彰している。過激なテロ運動をしてでも反米活動をする、革命活動をするという武力の弁護をする中で、たぶん彼は主体思想的なものの見方を身につけたのだろうと思います。」
 
 西岡氏は、韓国という国は生まれた時からけがれている、正当性を持たないという歴史観を「反韓自虐史観」と呼んでいると述べた上で、その原点は、1979年から89年にかけ6巻セットで断続的に出版された『韓国解放前後史の認識』という本に描かれていると指摘しました。廬武鉉自身、この本を読んで雷が当たったような衝撃を受けたと言っており、おそらく文在寅も同じような影響を受けたのだろうと推察した。

 この歴史観は「日本の植民地時代に民族の解放のために犠牲になった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか日本と結託して私腹を肥やした親日勢力が、アメリカと手を組んで国を建てた。そのせいで民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断をあおった」と要約することができると西岡氏は指摘し、さらに「親日勢力」という言葉がキーワードだとして次のようにこの「反韓」歴史観を説明した。

「李承晩は独立運動をしたと言っているけど、銃1発撃ってない。そして、建国をした後、軍人も警察も経済官僚もみんな日本統治に協力した親日勢力を使った。したがって、大韓民国は汚れた国だ。この延長線上にいる朴正煕大統領は、日本の陸士で勉強した親日勢力の親玉だ。だから1965年の国交正常化で慰安婦問題などを正しく清算しなかった。見せかけの繁栄はあるかもしれないが、民族主義の立場からすると韓国は汚れている。」

 この歴史観は、裏返せば、北朝鮮の金日成にこそ民族の正当性があるという論理につながるが、そもそも、70年代までは北朝鮮は「民族」という概念をあまり使わず、共産主義のほうが資本主義より優位だという宣伝を行ってきた、しかし80年代以後,明らかに韓国のほうが経済的に優位であることが明らかになると、今度は民族主義の正当性を説くことを行い始めたと西岡氏は指摘し、これは韓国の従北派の言説と重なることを示唆しました。

 この『韓国解放前後史の認識』という本の影響で、当時地下活動をしていた若者たちは主体思想派になっていきました。それ以前の、純粋にマルクス、レーニン主義を信奉していた勢力との間には激しい論戦が起きますが、西岡氏は、当時の主体思想派のパンフレットやチラシは紙も印刷もよくカラー、純粋マルクスレーニン主義派はペラペラのわら半紙で手書き、手刷りであり、明らかに、前者には北から支援があったことを伺わせると述べました。

 彼らは、当時すでに豊かになっていた韓国で、古典的な階級革命論などは言わずに、ただ大統領直接選挙制実現というスローガンだけを出し、火炎瓶など投げるな、国民の前で機動隊に無抵抗で殴られろという指導を行い、それは市民に支持を受け、反体制勢力内で主体思想派が中心勢力となったと西岡氏は指摘し、これがよく言われる「386世代」であると述べました。彼らが、教育界、法曹界、文化人、報道、そして政界などあらゆるところに浸透していき、その世代が今大体50代、指導的な地位を各層で持つようになってきた、これが文在寅の支持層だと西岡氏は分析しました。

 そして西岡氏は、文在寅の「反韓自虐史観」について、文自身の言葉をいくつか引用した。

「親日勢力が解放後にも依然として権力を握り、独裁勢力と安保を口実にしたニセ保守勢力は民主化以後も私たちの社会を支配し続け、そのときそのとき化粧だけを変えた」そして「産業化勢力に、地域主義を利用して保守という名に、これが本当に偽善的な虚偽勢力です」。
 そして、1987年の韓国民主化運動の時期に「すぐに民主政府が樹立していればそのときまでの独裁やそれに追随した集団をしっかり審判して、軍部政権に抵抗して民主化のために努力した人々に名誉回復や補償をしたはずであり、常識的で健康な国になっていたはずです」。しかし「しかし、盧泰愚政権ができて機会をまた逃したのです」つまり、民主的な選挙という手続きで誕生した盧泰愚政権を、文氏は民主政権と認めていない。さらには文氏は、「私は前回の大統領選挙で国民成長ビジョンを提示して腐敗大掃除という表現を使ったではないですか。腐敗大掃除をして、その次に経済交代、世代交代、過去の古い秩序や体制、勢力に対する歴史交代をしなければならない」

 ここで文在寅の言う「経済交代」とは、財閥や大企業などはすべて不正な手段で利益を得ている、「世代交代」とは、60歳代以上は主流から外す。古い秩序や体制、勢力、全部変える。「歴史交代」とは歴史をさかのぼって主流勢力を全部変えるという表現だと西岡氏は文在寅の主張を説明し、さらに、文氏自身の言葉として「一番強く言いたいことは、わが国の政治の主流勢力を交代させなければならないという歴史の当為性だ。そのように語りたいのだが、それは国民が心情的に最も望んでいても少し嫌がる部分でしょう。だから大清算、大改造、世代交代、歴史交代、そのような表現を使っています」を引用しました。これは簡単に言えば、韓国のこれまでの旧体制、古い体制を撲滅し、古い政治文化を清算、その後に「新しい民主体制」を構築することを述べている。これまでの自由民主主義の側として北朝鮮と対峙してきた韓国を全面否定する思想が文在寅には見られることを指摘しました。そして、これは自由民主主義ではなく、共産主義に通じる人民民主主議であると西岡氏は推測し、文新政権の危険性を強調しました。

 そして、昨年12月、朴槿恵弾劾のデモの時点で配られていたチラシを西岡氏は紹介し、ヒットした抗日映画「暗殺」のポスターを改変したもので、そこで以下の人間たちが讃えられていると指摘しました。

「李正姫という統合進歩党の代表です。統合進歩党は、北朝鮮式の社会主義を目指していると言って、韓国の憲法に基づき朴槿恵政権が解散させた政党です。そして、右側で笑っている男は誰か。これは李石基という男で、統合進歩党の国会議員です。彼は主体思想派のリーダーで、彼の下に地下組織がある。地下組織のメンバーに彼は秘密演説をして『わが金正恩同志は戦争を考えていらっしゃる。金正恩同志が戦争を決断されたら、われわれは内乱を起こさなければいけない。ガスタンクを破壊するために火薬が必要だ。火薬を準備しろ』と秘密組織員に演説をしていた。そこに韓国の公安関係者がスパイを潜り込ませてテープをとった。そのテープが明らかになり、李石基は現職の国会議員ですが捕まり、今は刑務所にいます。」
「この人たちが朴槿恵弾劾のデモに現れた。字が書いてありますが、何が書いてあるか。彼らが戻ってきて初めて民主主義だ。親日派大統領と対決した彼らは従北とされ投獄されたのだ、とここに気がついている。朴槿恵が親日派大統領だ。彼らこそ民族主義の立場から親日派大統領と戦ったのだ。彼らが戻ってきて民主主義だ。その民主主義はどういう民主主義か。」
「5月9日が投票日で8時に投票が終わり、すぐ出口調査の結果、テレビ局が文在寅当選確実を打ちました。与党、彼の党の選挙対策本部に現れてマイクを取り、産経のコラムに書きましたが、「自信を持って第3期民主政府を力いっぱい推し進めていく」と言いました。第3期と言ったのです。先ほど言ったように、いま第6共和国で、彼は7人目の大統領です。しかし、第3期民主政府と言った。つまり、彼からすると盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵は民主政府ではない。金大中、盧武鉉、そして自分だと、そういう挨拶をしました」
「そして、ある保守派のリーダーは私に今回『今回の大統領選挙は若年層の反乱という意味がある。彼らは全教組などから大韓民国の現代史の成功の基盤である自由民主主義や法治、市場経済を否定する左偏向教育を受けた。今回の結果は80年の光州事件以後継続している37年間の左偏向教育の結果だ。新政権は各界に布陣した左派運動勢力の指令塔になるかもしれない』と言っています。」
「そしてもう一つ、秘書室長に任鍾晳(イム・ジョンソク)という男を任命しました。この名前はぜひ覚えておいていただきたいと思います。秘書室長は国会の公聴会を経ないでいいのです。ですから、もう既に秘書室長です。総理大臣や国情院長はいま候補です。国会の公聴会の検証を受けるのですが、秘書室長だけは自弁です。」
「彼はどういう男か。まさに各界各層に布陣した左派運動勢力の司令塔になる男です。彼は1966年生まれで、386世代です。60年代に生まれ、80年代に学生運動をやりました。全大協、日本で言うと全学連の議長をやった人です。そして、全大協は表の組織で、主体思想派の地下サークルに入っていました。」(西岡氏の講演から)

 そして、この全大協は、1990年に江原道で合宿をして明確に金日成、金正日への忠節を誓っており、一時はこれらの活動で任鍾晳は刑務所に入ったが、懲役5年の実刑判決なのに3年6カ月で出てきてしまいました。その後も、国会議員のとき、日本とアメリカが北朝鮮人権法をつくったのに対する抗議書簡に署名、北朝鮮が核実験をしたときも、これはアメリカが北朝鮮を追い込んだからだとアメリカを批判している、また、金日成大学の図書館の拡張工事のために日本円で7000万円ぐらいを送っていることなどを西岡氏は指摘し、その後は左派のソウル市長朴元淳下で副市長をしていたこと、いまだに全く転向声明を出していないこと、そしてこのような人物が、大統領の下、すべての秘密書類を見られる地位に就いたことになると述べ、文在寅政権の危険性を指摘して講演を終わりました。

 なお、ホンヒョン氏の講演内容については、文字おこし、報告は今回は行わず、同氏が当日配布した統一日報の以下論説を紹介します。

我々には見覚えのない、見知らぬ大韓民国
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=82781&thread=02r01
「崔順実事態」が激発した大統領弾劾政変が、選挙という手続きを経て一段落した。弾劾政変を主導し、大統領を任期中に追い出した側が権力を掌握。政権交代を超えて体制変革の扉を開いた。
新大統領は就任演説の冒頭、「われわれが作ろうとする新しい大韓民国は、数多くの挫折と敗北にもかかわらず、われわれの先輩の代が一貫して追求した国です。また、多くの犠牲と献身を甘受しながら、若者たちが達成しようとした国です。そういう大韓民国を作るため(中略)大統領としての責任と使命を果たすことを闡明します」と言った。
国民の多くは、突然突き付けられた「新しい大韓民国」に当惑する。文大統領の今までの言動や公約、共に民主党主流の性向などから推測するしかない。文大統領は大韓民国の歴史を積弊と決めつけ、ロウソク精神と民衆革命をもって清算を主張してきた。「新しい大韓民国」が今までの大韓民国でないことは確かだ。「新しい大韓民国」が、北韓住民を奴隷状態から解放する自由統一を志向する国でないこともわかる。
文在寅政府は、安全保障と対外関係でも根本的転換を予告している。大韓民国建国の正統性を認めず、北韓を主敵と言わない大統領は、北韓への圧迫を推進する日米など友邦と国連との摩擦が予想される。
今、私たちは、大韓民国の現実を正しく見ねばならない。旅に発つときは目的地をしっかり定めてからでないと出発できない。見知らぬ道も、目的地がわかっていれば、困難に直面したときも耐えられる。今回の選挙を通じて、多数の韓国国民が知らなかった大韓民国の左傾化の実像が明らかになった。
今回の選挙は、左派が中道とも連携せず、執権に成功した最初の選挙だ。左派候補が得た票は47・25%(文在寅41・08%+沈相奵6・17%)であるのに対し、右派が得た票は30・79%(洪準杓24・03%+劉承旼6・76%)にすぎない。これは一時的な現象ではなく、構造的になってしまったものだ。大韓民国のこの左傾化は「民主化」と呼ばれた第6共和国の30年にわたって進んだものだ。
盧泰愚大統領が1988年、北韓を同伴者、主思派が中心の民族解放人民民主主義革命(NLPDL)勢力を民主化勢力と認め、活動の自由を与えた後、左翼は韓国社会の全分野に拠点を作り、根を下ろした。全教組は、若い世代に左翼的価値や大韓民国の正統性を否定する歴史を教えた。韓国社会では世代間戦争が叫ばれて久しいが、この左翼教育を受けた世代がいつの間にか社会の中枢を掌握した。
韓国は大統領など政府の一部が保守であるだけで、メディアと労組、司法・公安機関など、つまり、社会を構成する巨大組織がほぼ左傾意識を持った世代で占められた。朴大統領が一瞬にしてあっけなく弾劾されたのは、韓国社会の主流が左傾化されていたためだ。
もともと自由民主体制には弱点が多い。ドイツのヒトラーも選挙を通じて権力を掌握した。自由民主体制を否定する勢力に、体制を破壊する自由を与えてはならない。韓国は「従北」にまで自由を破壊する自由を与えた。
韓国は建国以来、保守的国家機関に左派が挑戦してきた。しかし今回は、保守右派が左翼国家権力に挑む格好になった。形こそ選挙だったが、実は左傾化の民衆革命の結果を認めた手順にすぎなかった。
ロウソク示威に参加した人々は、左派が扇動するとおり、努力に比べて自分が正当に待遇されていないと感じていたのかもしれず、朴前大統領に失望しただけだったかもしれない。だが、その選択の結果は、単純な積弊清算に留まらず、体制変更への扉を開くことになった。北より先に、南で急変事態が起きたのだ。
弾劾政変の過程で行われた保守右派の粛清は続くだろう。盧武鉉政権で二回も赦免された李石基は、釈放されるのか。憲法裁が解散させた統進党は復権されるのか。
新政府の政策によって東アジアの安保環境も変わる。南北関係は盧武鉉政権に戻り、北韓解放は遠ざかる。伝統的友邦の日米との関係も悪化する。
国民は今回の選挙結果に承服するのか。内乱陰謀で服役中の李石基と統進党をどう扱うのかなどによって、それは決まるだろう。李石基を釈放するなら、国民はそういう政府を支持せず、断固抵抗する。
国民には憲法を守る義務がある。大統領と政府が自由民主的価値を否定し、憲法に違反すれば、国民には、それを正す権利と義務がある。



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