時評 27人と4000万人―命の重さと大国の責任 楊海英 : 静岡新聞

 諸先生。静岡新聞、4月5日に掲載された内モンゴル出身の楊海英教授(日本名大野旭)の論文を紹介します。先生の『墓標なき草原』は、第14回司馬遼太郎賞を受賞しました。是非、是非お読みください。
敬具。劉燕子


時評 27人と4000万人―命の重さと大国の責任

 27人と4千500万人。この二つの数字は中国の現状と近現代史を物語っている。前者、即ち27人とは、中国によるチベット侵略に抗議して、09年以降に焼身自殺したチベット人の数である。僧侶から若い女性まで、複数の年齢層の人々が自らの命を捨てることで、他者からの侵略に抵抗の意志を示した。生命の尊重と非暴力を至上の教えとするチベット仏教の信者たちの最後の手段であろう。

 後者の4千500万人とは、中国が「人民公社」の制度を全国に導入した直後の1959年1961年にかけて、全土で発生した餓死者の数である。日本に照らしていうならば、国民の約三分の一が犠牲になる、という計算である。凄惨な実態は『餓鬼(ハングリー・ゴースト)』(ジャスパー・ベッカー著、中央公論社)や『毛沢東の大飢饉』(フランク・ディケーター著、草思社)、それに『墓碑』(楊継縄、香港天地出版社)など中国内外の研究者たちによって解明されている。

 上で挙げた二つの事実について、中国には独自の解釈や論理がある。前者に対しては、「欧米の反中国勢力とインドに亡命しているダライ・ラマ法王政府による煽動だ」と強弁している。チベット人側と対話し、平和的に問題を解決して、侵略と略奪を中止しようという姿勢はまったく見られない。後者に関しては、国定の教科書をはじめ、政府側の定説では、あくまでも「三年間に及ぶ自然災害による死者」だと説明する。別の研究によると、中華人民共和国史上、「自然災害が起こった三年間」ほど風雨が順調だった時期はなかった事実も突き止められている。実際は「人民公社」による強制的な公有化政策が失敗し、収穫がなかった事実に真の原因があったにもかかわらず、「全人類を解放し、幸せをもたらす社会主義」の失敗を認めようとしない。

 「チベットの王は唐王朝の姫を嫁とし、元朝の支配を受けていたから中国の固有の領土だ」、と政府は主張する。しかし、チベットの王は同時にネパールの王女を第一夫人に迎えていた事実と、元朝は中国ではなく、モンゴル帝国の一部でしかなかったという性質には触れようとしない。4千500万人の命が失われても「自然災害」のせいにする国が27人に憐憫の情を表すとは思えない。たとえ経済力のある国に成長しても、命の重さを尊重しなければ、「中国の価値観」を全人類は共有できないであろう。

 執筆者略歴:楊海英(やん・はいいん)氏 内モンゴル出身。日本名大野旭(おおの・あきら)。国立総合研究大学院大学博士課程修了。歴史人類学専攻。著書に『モンゴルとイスラーム的中国』(風響社)、『墓標なき草原』(岩波書店 第十四回司馬遼太郎賞受賞)など。

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