2012年06月01日(Fri) 有本 香 (ジャーナリスト)
「ウイグルの母」――今や世界は彼女をこう呼ぶ。「聖女」でも「烈女」でもなく、「母」と。血を流し、地を這って泥にまみれ、ときには「駆け引き」をしながらも、子らのため身を粉にして生きる。綺麗事からはおよそ程遠い彼女の生きざまはまさに「母」のそれであり、同時に、全ウイグル人の今日の艱難辛苦を象徴するものでもあろう。
「彼女」とは、在外ウイグル人の組織「世界ウイグル会議」の総裁を務めるラビア・カーディル女史だ。今月半ば、「ウイグルの母」は、祖国「東トルキスタン」の国旗と同じ、鮮やかなスカイブルーのスーツに身を包み、世界に散らばる120余名の「子」らとともに、風薫る東京に降り立った。それから約1週間、前回の本コラムで述べたとおり、東京で世界ウイグル会議代表者大会が開催され、それに北京がひどく腹を立てて見せたことは多くの人の記憶にあろう。大会終了の翌日、そんな「ウイグルの母」に話を聞いた。
10代のウイグル人女性の公開処刑にさえも世界は沈黙
「10代の女の子が、『私は無実です! 私の言うことを聞いて!』と叫んだんです。それでも構わず、(中国当局は)この子を処刑したんですよ。公衆の面前で。多くの人々がこの光景を見ていました。それでも、国際社会は沈黙したままだった……」。こう一気に言うと、ほんの少しの間、ラビア総裁の言葉が途切れた。そして、「ですから、私たちは今回の大会を日本で開催したい、と思ったのです。ヨーロッパでもアメリカでもない、アジアの、ここで声を挙げたい、と思ったのですよ」と続けた。
インタビューの冒頭、総裁はこちらの具体的な質問を待たずに、2009年7月の「ウルムチ事件」後のウイグル地域の厳し過ぎる状況について話し始めた。実は筆者は、2009年7月、ウルムチでの事件の直後、ワシントンでラビア総裁に長時間のインタビューをし、その内容を本サイトにも寄稿した(『【カーディル議長 独占取材】ウイグル弾圧の実像』)のだが、そのとき以来の再度の長時間インタビューの機会を得たことに感謝を述べると、それへの「返事」であるかのように話し始めたのだ。
「2009年7月5日のウルムチでの事件以後、中国当局は、いわゆる「厳打キャンペーン」を実施しました。ウイグル人に対する弾圧はそれまでにも増して厳しく、暴力的なものになってしまったんですね。この3年間、状況が酷くなる一方でした。私たち(世界ウイグル会議)からは再三、「問題を平和的に解決するために対話しましょう」と呼びかけましたが、完全に無視され、私(ラビア総裁)への非難だけが行なわれてきたのです」
今般の大会の日本開催は、ややもすると絶望につながってしまいかねない、これ以上ないほどの危機感のなかで決断されたというのだ。
東京で世界ウイグル会議代表者大会が開会する日、北京では、日中韓首脳会談が行なわれていたが、さっそく中国政府が、野田―胡錦濤会談をキャンセルする、という挙に出、日本側への「圧力」を強める姿勢を見せた。結果、ラビア総裁らの大会の日本開催は、内外のメディアに大きく取り上げられ、日本の世論をも大いに刺激することにはつながった。
「北京が怒れば怒るほど、われわれの問題に日本人と世界が注目してくれた。皮肉なことではありますが、これは大きな成果だと見ています」
日本、日本人との連帯への決意
ラビア総裁は続ける。「今、中国政府が、日本政府や日本の国会議員に対し、世界ウイグル会議を開かせたことへの抗議などを行なっています。これは明らかに日本に対する内政干渉ですよね。私たちはこれまで、米国やヨーロッパでも会議を開いてきましたが、今回の日本に対してのような激しい反応はなかった。なぜこうまで反応するのか? それはおそらく、中国政府が、ウイグル人と日本人が連帯することを恐れているせいだと思います。日本のような、力のある、しかも中国に近い国の国民の多くがウイグルの問題に気付き、中国に対し何かを言い出したら困るということなのでしょう」
筆者がここで思い起こしたのは、ラビア総裁の実の息子2人が今も獄中にある、という事実である。総裁自身も投獄された経験があるので、中国の刑務所がいかに恐ろしいところであるかは身にしみてわかっているはずだ。今回の北京の「激しい反応」の矛先はそのまま、総裁の息子らへと向かうのではないか?
「中国政府の激しい反応を見ても、私がここで怯むことはありません。むしろ今回の状況を見てはっきりと決意し直しました。今後、皆さん(日本人)との連帯をいっそう強めていきたい、と。日本における活動を強化することはもちろんのこと、世界中の日本人コミュニティとの連帯を強めていきたいと考えています」
とラビア総裁は言い切り、冷静な表情のままさらに続ける。
「2009年のウルムチ事件の後、中国当局は獄中にある私の息子のみならず、孫までもテレビに引っ張り出して、『私の母(祖母)は悪い人だ』と言わせるというようなことをやりました。彼らがどういうことをやるか、はもうわかっています」
獄中の息子に当局から圧力も?
インタビューから約1週間後、「中国当局が、獄中にあるラビア総裁の息子らに対する圧力を強めている」との情報が流れた。「もうわかっている」とはいえ、こういう情報に接したときの、一人の母としての心情はいかばかりか?
その答えの一端ともいうべき別のエピソードが、総裁以外の人から聞こえてきた。先月の本コラムでも紹介した、世界ウイグル会議の執行委員長ドルクン・エイサ氏の弁である。ドルクン氏は、実の弟が投獄された経験をもつ。それはまったくの冤罪であり、明らかにドルクン氏への報復、見せしめであったと氏は語り、当時トルコにいた氏は、弟の逮捕後に母親と電話で話した際のことを明かした。
「弟の逮捕は、トルコにいた私を訪ね北京へ戻った直後のことでした。弟を帰すべきではなかった、との後悔もあり、私は母との電話口で泣いてしまった。そんな私に母は、『母親の私が泣いてないのに、なぜお前が泣くの?』といいました」
無実の罪で逮捕され、あるいは殺された幾多のウイグル人にはそれぞれ母がいる。「ウイグルの母」と呼ばれるラビア総裁は、そうした強き母たちの代表でもある。
靖国を表敬訪問したカーディル総裁に対し……
余談だが、日本国内では、大会開会の日にラビア総裁が靖国神社を訪問したことなどが伝わると、ウイグル支援者の間でもその「賛否」で意見が分かれた。ネット上の一部では、不毛とも思える応酬が見られたりもした。そこでは、「靖国」と聞けば反射的に挙がる、「右」「左」の論争が形を変え展開されていた。「右」からは「ウイグル人の靖国参拝は天晴れ」との声が挙がり、「左」からはこれに対する批判の声が挙がり、「日本の右翼が世界ウイグル会議を政治利用し、ウイグル側は日本の右翼に媚びている」との声もあった。
むろん良識的な声も多くあり、後者からは、靖国へ行ったことへの報復の矛先が無辜のウイグル人に向き、激しい弾圧に及ぶのではないか、との懸念があった。私自身は、靖国を否定する、いわゆる「左」向きの者ではないが、この懸念は同じくしていた。また、本コラムの執筆者の一人である石平氏は、「『世界ウイグル会議は日本の右翼と結託し、中国人民の感情を傷つけた』という共産党のプロパガンダに利用されかねない」という懸念を示した。世界ウイグル会議に参加したウイグル人の一部からも同じ懸念の声は聞かれた。
インタビューの日、靖国の件はまったく話題にしなかった。が、冒頭ラビア総裁から出た、2009年以降の厳しい状況から今大会開催への決意に至る話を聞くうち、靖国に関し日本人から挙がった声のすべて(筆者自身の懸念も含めた)が、どこか的外れなもののように思えてきた。目の前の「ウイグルの母」は、すべてを引き受ける覚悟でここにいる。それは、すべてを予想し、「想定内」として落ち着き払っているのではなく、たとえ予想し得ない事態が起きても、引き受ける覚悟をしている、と感じられた。
さらなる「ラビア糾弾キャンペーン」が始まった
総裁はあくまで冷静に、別の件を切り出した。
「新疆ウイグル自治区の当局は、東トルキスタンの全域で『ラビア・カーディル糾弾キャンペーン』を行なうため、各地に10人ずつの担当者を任命したそうです。地方メディアとウェブサイトに、私を悪者だとする情報を流すのです。この10人ずつの担当者はすべてウイグル人。『ウイグル人がラビア・カーディルを非難している』と見せるためです。獄中の私の息子をテレビに出すのと同じやり方ですよ」
この日、通訳を務めてくれた世界ウイグル会議の副総裁ウメル・カナット氏が言葉を足した。「中国当局がこの種のキャンペーンをやればやるほど、かえってウイグル人の気持ちを強くします。中国側のプロパガンダを信じ込む者など一人もいませんから」
それにしても、監視や弾圧がますます強まる中で、どうやって国内にいるウイグル人との連帯を保っていくのか? ラビア総裁は言う。
「それは容易ではありません。中国側はあらゆるコンタクトを遮断してきますからね。私自身、親族とコンタクトすることも容易でない。しかし、世界ウイグル会議は、東トルキスタン国内の情報を得、それを国際社会に発信するよう努めます。内外のウイグル人を励まし、連帯を促すために、つねに別チャネルをもつことは重要です」
非暴力の闘いを続けるうえで、情報こそが武器である。幸い現代はあらゆる情報ツールが発達し、当局がどれほど妨害しようが、情報は内外のウイグル人にまたたく間に共有される。しかし、この「情報化時代」には厄介な面もある。相手を追い込むはずが、自らが翻弄されてしまうこともあるからだ。 (後篇に続く)
ラビア・カーディル総裁に聞く ウイグルの「いま」(前篇) : WEDGE Infinity(ウェッジ)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1944?page=1