ウルムチ事件から3年 ウイグル人数千人が行方不明?: WEDGE Infinity(ウェッジ)

2012年07月06日(Fri) 有本 香 (ジャーナリスト)

 あれから3年も経ったのか、と思うと無力感がことさら深い。3年前の7月5日、新疆ウイグル自治区のウルムチ市で、いわゆる「7.5ウルムチ事件」が起き、数百人の犠牲者と夥しい数の行方不明者が出たと伝えられた。この事件を、読者の皆さんはどれほどご記憶だろうか?

 3年前、事件からちょうど10日後に筆者は、ワシントンD.C.で世界ウイグル会議(WUC)のラビア・カーディル(Rebiya Kadeer)総裁にインタビューし、その内容を寄稿したが、一体あのときと今とでウイグル情勢の何が変わったといえるのか?

 この3年、ラビア総裁のWUCメンバーをはじめとした在外ウイグル人らは、「事件を忘れないで」「国際機関による調査を」と訴え続けてきた。しかし、今年の5月、日本で「世界ウイグル会議 代表者大会」が催された際のインタビューで、ラビア総裁は、祖国における中国当局の弾圧はますます厳しく、暴力的なものとなっていると、その窮状を訴えた。

 同じく前回の本コラムで触れたが、この5月から6月にかけて、12歳の少年が当局によって拘束された後、拷問を受けて死に至ったと見られる事件や、当局のイスラム学校への強制突入により、多くの児童が負傷する事件等が起こったとの情報も伝えられている。にもかかわらず、焼身抗議が続くチベットと同様、ウイグルの現状に関して、国際社会の一員たる私たちはまったく無力である。


ウルムチ事件以降、数千人の強制失踪?

 ウルムチ事件から3周年の日が間近に迫った6月末、WUCからあるレポートが出された。標題には、「2009年7月5日の事件後、東トルキスタン(中華人民共和国 新疆ウイグル自治区)において発生した強制失踪事件について」とある。

 まず、「強制失踪」という文言だが、これは2006年の国連総会で採択された「強制失踪防止条約」のなかで、「国の機関又は国の許可、支援若しくは黙認を得て行動する個人若しくは集団が、逮捕、拘禁、拉致その他のあらゆる形態の自由のはく奪を行う行為」と定義されている。日本も批准している同条約では当然のこと、強制失踪は人道上の罪として禁止されている。

 先頃、日本の「特定失踪者(北朝鮮による拉致の疑いが濃厚な失踪者)」の一人、藤田進さんの弟、藤田隆司さんが国連の「強制的失踪作業部会」から聴取を受けることとなったとの報道があった。わが国においては、北朝鮮という他国による日本人拉致や特定失踪者の件が、まさにこの「強制失踪」にあたる。一方、WUCのレポートによれば、ウイグル地域においては自国政府である中国当局によって自国民の強制失踪が多数引き起こされているということになる。

 レポートには、23名の顔写真入りの詳細なプロフィールが記されている。しかし、前書きには、「(レポート発行の目的は、)2009年7月5日のウルムチ事件以後、新疆ウイグル自治区のウルムチ市、そのほかの都市で、何千人にも及ぶ強制失踪が起きていることを国際社会に知ってもらうため」との記述がある。


事件の夜、消えたウイグル人はどうなったのか?

 「何千人にも及ぶ強制失踪」とは尋常でない。この点について、WUC執行委員長のドルクン・エイサ(Dolkun Isa)氏に聞いた。ちなみに氏はレポート発行直後、この件に関し国連関係者と会合をもつためジュネーブを訪れている。答えは次のようなものだった。

 「ウルムチ事件の当日から行方不明の人も多いが、その後の当局の『厳打キャンペーン』によって不当に拘束され、消息不明となった人も非常に多い。そのうちの相当数の人が暴行や拷問を受け死んでいるとの情報もある」

 ここで思い出されるのが、3年前のラビア総裁へのインタビューの内容だ。総裁は「7月5日、ウイグル人によるデモを当局が武力弾圧した。結果、少なくとも400人のウイグル人が命を落とし、さらに、一夜にして、約1万人のウイグル人が消えた、との情報がある」と述べていた。例によって、中国当局の発表内容はこれとは大きく異なっており、「約190人が死亡したが、ほとんどは『暴動』に巻き込まれた漢族」というものだった。

 中国当局の発表を容易に信じることはできないが、一方のウイグル側の「1万人が消えた」という話も、あまりにも衝撃的であるがゆえに俄かに信じ難い。そんな気持ちから、このとき筆者はラビア総裁にことの真偽を幾度も尋ねた。総裁は、情報ソースの一端を明かし、確かにそれは信頼に足ると思われたが、でも信じ難いという顔をしていたはずの筆者に、総裁はこう強調した。「だからこそ私たちは、国際機関による調査をしてほしいと強く要望するのです。ウルムチ周辺では事件後、夫や息子が帰ってこない、という家庭、女性が数え切れない。この状況を看過できないし、国際社会にも看過してほしくない」 

 3年が過ぎたが、結局、調査は露ほども行なわれず、3年前の7月5日に一体何が起きたのか、真相は依然、闇の中だ。何度も言うが、私たちは無力であり、そして、国連という機関もまた無力である。


謎のハイジャック事件

 ウルムチ事件から3年の日が近づいた6月末、中国からあるニュースが飛び込んできた。「新疆ウイグル自治区でハイジャック未遂」との報である。中国メディア伝によれば、「ホータン発ウルムチ行きの航空機内で6人の男がハイジャックを企てたが、機内に乗り合わせた特別警察学校の学生20数人により取り押さえられた」という。この報道に対し、在外ウイグル人らは「ねつ造だ」などと疑問を呈し反発している。

 在日ウイグル人で、日本ウイグル協会代表とWUCの副総裁を兼務するイリハム・マハムティ(Ilham Mahmut)氏はいう。「6人は杖を折って凶器にしようとした、とも伝えられていますが、そもそも機内にそんなものをもち込めるでしょうか?」。インターネット上には「中国の手荷物検査はアメリカより甘い」などという書き込みもあったそうだが、「そんなことを書くのは、ウイグル人の置かれている実態について無知な人」と氏は憤る。「以前からウイグル人は中国国内で、飛行機への搭乗やホテルでの宿泊を断られるといった差別を受けてきましたが、いまや、ウイグル地域の中での町から町への移動の自由すら奪われている状況なのです」

 他の町へ出かけるにも、いくつもの書類――(1)違法な宗教活動に関わっていない証明書、(2)移動先での目的や滞在期間を記した書類、(3)犯罪歴がないことの証明書――を出さなければならないという。まるで外国訪問の際の査証のようだ。これほど前近代的な人権侵害は日本では想像もつかないばかりか、いまや中国の他の多くの都市でも考えられない。

 「ウイグル人は飛行機に乗るだけでもとくに厳しいチェックを受ける。凶器となるような杖をもって乗り込むなど想像もつきません。WUCが確認したところでは、6人のウイグル人が飛行機に搭乗したことだけは事実のようですが」とイリハム氏は顔を曇らす。


事態改善のため日本人ができること

 日本の時事通信は、現地メディアからの転電としてこの件を「ハイジャック未遂『重大なテロ』=容疑者はウイグル族か」と伝えたが、この報道姿勢にべつのウイグル人が憤る。この人は、「ハイジャック未遂」自体、中国当局が仕組んだ残虐かつ悪質な茶番だ、といい切った。「ウイグル人6人を機に乗せ、機内で近い席の漢族乗客が因縁を吹っかけ、小競り合いを起こさせる。そこへ待機していた『警察学校の訓練生』が飛びかかるというシナリオであり、ウイグル人をテロリストと見せかけるための芝居だった」というのだ。

 ウイグル地域で起きている多くのことと同様に、この件も詳細情報が伝えられないために不可解さが拭いきれないことが問題だ。何より望まれるのは事実の公開である。

 欧米よりも早く7月5日を迎えた日本では、在日ウイグル人と日本人支援者らが昨年同様、中国大使館前で抗議活動を行なった。考えてみれば、こういう活動が毎年の「恒例」となること自体、実に悲しいことである。しかし、日本を皮切りに世界各地でこの日、亡命ウイグル人らが同様の抗議活動を行なった。

 東京で抗議活動を行なったイリハム氏はいう。「5月の代表者大会は、多くの日本人のご支援によって無事開催できました。しかし、まだまだ日本でわれわれの問題への認知度は低いということを痛感しています」

 筆者がチベット問題などを論じているとよく受ける質問がある。それは、「チベットの状況が改善されるために私たち日本人ができることは何か?」との問いだ。答えは「チベットに強い関心を寄せ続ける」ということ以外にはない。ウイグルについても同じく、私たちが強く関心を寄せ続けることにしか事態打開の道はない。つい、「政治家は何をしている」といいたくもなるが、政治家は国民の鏡。多くの国民の関心があれば政治家は動かざるを得なくなる。まさに私たちの人権意識と民主主義がいま、試されているのである。


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http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2050?page=1

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