去る9月23日、TKPスター会議室代々木にて、日本在住のミャンマー(ビルマ)少数民族、カチン族のマリップ・セン・ブー氏の講演会が行われました。マリップ氏はカチン族女性として、ここ日本で長くあまり知られていないミャンマーの少数民族の人権抑圧を訴えてきた方です。会場参加者は約30人、初めてこの問題に触れる方も多く、熱心にお話に聴き入っていました。
まず、最初にペマ・ギャルポ協議会会長があいさつ。世界にはある統計によると5000近い民族がいるけれども、そのすべてが独立を望んでいるわけではないだろうが、少なくとも、民族の固有の文化伝統や歴史は尊重されなければならないと述べました。その上で、現在、アウン・サン・スーチー女史が解放され、ミャンマーの民主化は進んでいるように見えるけれども、スーチーさんが自由になればビルマの人々も民族もすべて幸せになれるような幻想を持ってはいけないし、問題のすべてが解決したわけではもちろんない。当協議会としては、そこに住んでいる全ての民族が、歴史、文化、伝統を維持し、そして自分たちの運命を自分たちで決めることができるよう多数派と同じように尊重されることを望んでいる、今回の講演会は、このあまり知られていないビルマの民族問題を知ることができるとてもいい機会だと述べました。
続いてマリップ氏が登壇。まず、自分はカチン族で、シャン州で生まれたこと、そして、子供のころは、大人たちが民族運動をすることには、本人も危険だし、家族も危機にさらされるためむしろ批判的だったのだけれど、中学生頃、自分が学んでいた学校にミャンマー国軍が突然やってきて、先生からカチン独立運動の情報を聴きたいと言って連行してしまったのを目の当たりにし、しかも、その先生は翌日殺されてしまったというショッキングな事件にあって、これは戦うしかないのだと自覚したと、自らの原体験を語りました。
そして、まずミャンマーの歴史について触れ、ミャンマーはインドと中国の間にほぼ位置しているが、その中でカチン族は北東部のカチン州、シャン州、そしてまた中国雲南省にも生活していると述べました。そして、もともと歴史的には独立色が強かったのだけれど、イギリスによる19世紀末の植民地化により、ミャンマーの一部として位置付けられた、日本同様美しい自然を持ち、ヒスイや木材、またレアメタルなどの資源も豊富な地方だと語りました。
そして、日本にも支援されたアウンサン将軍が、1946、47年にカチン州を訪れた際には、共にイギリス軍とたたかって独立しよう、その後はともに共存できる国家を作っていこうという話し合いもあり、アウンサン将軍が暗殺されたのち、1948年にビルマはイギリスから完全独立したのちも、58年までは、不安定な面はあったが民主主義が続いたとマリップ氏は語りました。しかし、1960年ごろからネ・ウイン将軍の軍部が実権を握り、少数民族の権利が弾圧される中、民族独立軍がいくつも生まれ、カチンでも、カチン民族機構の指導のもと、カチン独立軍とミャンマー政府軍との戦いが、94年まで続いたと述べました。
そして、この闘いでカチンは大変疲弊し、経済的にも苦しみ、独立軍とカチン民衆との間に何度も話し合いがもたれたのち、政府と停戦を結ぶことが決定され、1994年2月24日、ミャンマー政府とカチンとの間に停戦合意・協定が結ばれたとマリップ氏は語りました。
ところが、停戦協定を結んだとたん、ミャンマー軍は合意を無視して侵入、市民を迫害するだけではなく、カチン州のヒスイや木材を乱獲して中国に売買し、環境破壊を引き起こしたとマリップ氏は批判しました。そして、特に中国企業などをミャンマー政府がカチン州に誘致、彼らが中国人労働者を連れてくるためカチン州の若者の職場が奪われ、仕事のない若者が麻薬に走り(しかもミャンマー政府は麻薬がはびこるに任せ意図的に取り締まろうとしない)また、中国内で仕事があるとだまされて女性が人身売買や強制結婚などを強いられているとマリップ氏は語りました。そして、中国に連れて行く人身売買ブローカーが多くは中国国内のカチン族であるとも述べ、この問題の深刻さを指摘しました。
そして、カチン族はその99%がキリスト教徒であり、それはかって欧米の宣教師が来た際、ビルマ族などは仏教信仰が厚いため受け入れなかったが、カチン族はもともと先祖の霊などを崇める姿勢が強く、キリスト教の復活の思想などを素直に受け入れられたのでキリスト教徒が増え、それが多数派のビルマ族から宗教弾圧を受けることにもつながったと語りました。このように、カチン族にとって停戦協定は平和よりも、むしろ状況の悪化をもたらしたとミャンマー政府を強く批判しました。
しかし、ミャンマー政府は2006年に国民投票を行うと宣言していたため、それまでカチン族は我慢して耐え、あくまで停戦協定を守って、問題を戦争ではなく、政治的、平和的に解決しようと思っていた、しかし、結局2010年に行われた民主化を目指す選挙でも、カチン族は党の結成も認められず、アウン・サン・スーチーが解放されたのちもカチンでは事態の改善はなかったと、マリップ氏がここ数年の民主化の流れからカチン族は取り残されていたことを指摘しました。
そして2011年、さらに平等な民主化を求めるカチン族に対し、ミャンマー国軍は、逆にカチン側が防衛線の警備兵を撤退させることを要求、それなしでは話し合いはできないと通告し、6月9日、両者が納得していたはずのエリアを超えて侵攻、カチン側も、自分たちの命を守るためには戦わざるを得ないと判断し、今もカチン州ではミャンマー政府軍とカチン独立軍との間に戦争が続いているとマリップ氏は述べました。
そして、この戦争は明らかに中国が背後にいる「資源戦争」であり、カチン州からカチン独立軍が実効支配する地域を通って、中国の雲南省へとガスと原油2本のパイプラインを建設するプロジェクトが進められており、またカチンの天然資源については、ミャンマー政府と親密な関係を持つ中国企業や地元実業家らが、ミャンマー政府から権利を獲得したとの情報もある。また中国に電力を供給するための水力発電施設をカチン州に建設する計画も複数立ち上がっており、そのような発電所やダムができれば民族の家や村は数多く水底に埋まってしまうと、中国とそれに結託するミャンマー政府にとってカチンの存在は資源獲得のために邪魔なのだと指摘しました。
そして、この戦争により10万人もの難民が出現しており、しかも、中国側に逃れようとした難民を中国政府はとらえて危険な地域に送り返している。また、カチン州で保護した難民をできるだけカチン側は国際社会の支援を受けつつ難民を保護しようとしているが、ミャンマー政府は、国会で決定したこととして、カチン州には難民の人道支援も行ってはいけないと妨害していると、マリップ氏は厳しく批判しました。
さらに、これまでの政府軍とカチン独立軍の90年代までの内戦では、例えば村人は、戦闘中は避難していて、戦闘が終結すればまた村に戻って農作業などすることもできた、しかし今回のミャンマー政府軍は、その先頭と直接の関係のない村の人たちを、女性や子供までも虐殺している、これは、ミャンマーをビルマ族だけの国にしたい、カチン族を滅ぼしたいいとしか思えない行為だとマリップ氏は指摘しました。
そして、アウンサンスーチーさんが自由になり、諸外国を回って歓迎され、一見ミャンマーが自由で民主化に向かっているように見えるけれども、実際の政治の実権は、未だ国軍と、民主化を弾圧する側だったタン・シンが握っている、現在の民主的に選ばれたとされる大統領テイン・セインにはまだ実権は弱く、彼はカチンの平和を求めているが軍は従わない、スーチー女史も、平和や民族間の和解を語ってはいるが、いまだ具体的な行動には至っていないと、民主化の陰にあるカチン族弾圧に象徴されるミャンマーの問題点を指摘しました。
マリップ氏は、自分達ミャンマーの少数民族は、ミャンマー政府によりしばしば分断され、お互いが対立したりして中々連隊が組めなかった点があることも認めた上で、世界各国のカチン族はこの民族問題を訴えている、中々世界には届いていないし国際的な支援もまだ乏しいけれども、こうして日本でも、ぜひこのような問題が民主化が進んでいると言われるミャンマーにもあることを知ってほしいと講演を結びました。その後会場からも活発な質問が飛び交い、最後に当会副会長の吉田康一郎都議のあいさつの後、第6回講演会は閉会しました。
次回第7回アジア自由民主連帯協議会講演会は10月27日(土) ベトナムの民主化への展望と中国との領土問題などをテーマに行う予定です(文責:三浦)
登壇したペマ・ギャルポ会長と吉田康一郎副会長。
●参考情報
ビルマ(ミャンマー)の民主化に一定の前進はあっても、少数民族、とりわけ女性たちの受難は終わらない。
ニューズウイーク[2012年7月 4日号掲載]
在タイ・カチン女性協会(KWAT)によれば、この5月にも政府軍兵士10名がビルマ・カチン州の教会に乱入、避難していた48歳の女性を3日にわたって監禁し、集団レイプした。
また人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によれば、昨年10月にはカチン州の州都ミッチーナでカチン族2 件20人が拉致され、うち女性2人が将校との性行為を強要された。そのとき拉致した兵士らは「カチンの女はビルマ族のペニスが好きなんだろ」とうそぶいていたという。
ビルマ族の政府軍兵士による少数民族女性へのレイプは、今に始まったことではない。少数民族との抗争は48年の独立以来続いており、レイプ攻撃が組織的に行われてきた疑いもある。だが、この国が民主化に向けて歩み出し、14年にはASEANの議長国に就こうという今、こうした悪質な人権侵害に見て見ぬふりをすることは許されない。
KWATによれば、昨年6月に停戦協定が破棄されて以来、カチン州では政府軍兵士によるレイプ事件が43件も起き、21人の女性や少女が殺害されている。戦闘を避けて中国との国境付近に逃げてきた避難民は、既に7万5000人に上る。
HRWは、過去の事例も含め、レイプに関与した兵士らを訴追し、罪を償わせるべきだと考えている。実際、妻をレイプされた男性が兵士らを告発して最高裁に持ち込んだ例がある。法廷は取りあえず訴えを受理したが、あっさり軍人たちを無罪放免したという。
その理由は、現行の憲法が軍人の刑事訴追を禁じているからだ。政府や議会の要職を軍人や軍出身者がほぼ独占している現状で、この免責特権が廃止される可能性は限りなく低い。
一方で、今の時期に軍部を刺激するような行動は避けるべきだと考える活動家もいる。民主化の歩みが止まっては困るからだ。民主化の旗手アウン・サン・スー・チーも先の訪欧中に「今は報復ではなく、和解の時期だ」と発言し、性急な行動をいさめている。
カチン族2 件の女性たちも覚悟している。今は軍人による犯罪の事実調査と証拠収集に努め、正義を求めることのできる日が来るのを待つつもりだ。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/08/post-2645.php
また、カチン州におけるリアルな情報がこのサイトで随時紹介されています。
http://blog.livedoor.jp/kachin_shan/
●動画
第六回講演会「ミャンマー・ビルマの民族問題の現状」マリップ・センブ
http://www.youtube.com/watch?v=dNx50bfvnR0
2012年9月23日に東京代々木で行われたアジア自由民主連帯協議会第六回講演会「ミャンマー(ビルマ)の民族問題の現状」の動画です。
講師:
カチン民族機構人権・難民問題担当 日本事務局長
マリップ・センブ
登壇者:
会長 ペマ・ギャルポ
副会長 吉田康一郎
司会:
事務局長 古川郁絵
※講演会告知より
民主化が進み国際的にも認められているミャンマー(ビルマ)。
しかし、少数民族カチン族とビルマ国軍の間には今も衝突が続き、多数の難民が出現しています。現在のビルマをどう評価すべきかを、見逃されがちな少数民族の側から考える学習会を行います。多くの皆様方のご参集をよろしくお願いします。
プロフィール:マリップ・センブ Marip Seng Bu
カチン民族機構人権・難民問題担当 日本事務局長
ビルマ北部で活動する反政府武装組織「カチン独立機構(KIO)」の設立者を叔父に持つことから、大学在学中にカチン族の自治、独立問題に本格的に取り組み始め、1988年にヤンゴン市内で組織された大規模デモにも参加した。その際に身の危険を感じてビルマを出国、1992年に来日してからは在日カチン族の難民認定申請をサポートするなど、多方面にわたって在日カチン族を支援している。
現在、人権NGO「ビルマ市民フォーラム(PFB)」運営委員
またこの夏、在日ビルマ各少数民族の連帯組織「PEACE」を結成した。
・ラジオフリーウイグルジャパン
http://rfuj.net