また一人のウイグル人政治犯が監獄で命を落とす : 世界ウイグル会議

RFA 2013.08.05(一部抜粋) | 翻訳・掲載:2013.08.20
http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/qanun/turme-olum-08052013172104.html

RFAが入手した情報によると、1997年2月5日に起きたグルジャ虐殺事件後に長期にわたって実施された大規模な拘束運動で拘束され、所謂「国家分裂扇動罪」で無期懲役が確定したペルハット・モッラホン氏(左記写真)が、2013年8月3日に監獄で死亡した。今年49歳でした。

ペルハット氏は、当時コルガス県ネムネ中高等学校の教師だったが、1997年2月5日に起きたグルジャ虐殺事件後に長期にわたって実施された大規模な拘束運動の一環として1998年の秋にコルガス県で行われた拘束運動で他の36人のウイグル人知識人らと共に拘束された。そして、1999年1月に秘密裁判で、所謂「国家分裂扇動罪」で執行猶予2年の死刑判決が言い渡され、後になってから無期懲役に変更されていた。

警察当局が今月3日に、ペルハット氏の家族らを突然呼びたし、ペルハット氏が監獄で病死したと伝えた。しかし、家族らには彼が死亡するまでの間、彼の健康状態に問題があると伝えられたことは一度もなかったため、家族らが死因を疑問視していると言う。 また、当時彼と一緒に拘束されたウイグル人知識人らのうち、コルガス県スイドング第一中高等学校の教師アブドシュクル・ヌルッラ氏をはじめとする7人に死刑判決が言い渡され、即執行された。

1999年1月26日に、アムネスティ・インターナショナルもアブドシュクル・ヌルッラ氏やペルハット・モッラホン氏らについて声明を発表しており、その詳細は以下のリンクから確認できる。

http://www.amnesty.org/en/library/asset/ASA17/003/1999/es/89d742a3-f879-11dd-a0a9-2bd73ca4d38a/asa170031999en.pdf


また一人のウイグル人政治犯が監獄で命を落とす : 世界ウイグル会議
http://www.uyghurcongress.org/jp/?p=6500

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