北朝鮮の特別調査報告を巡る現状について 守る会代表山田文明 : 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会

北朝鮮の特別調査報告を巡る現状について
2014年 9月22日  守る会代表 山田 文明
(カルメギ第105号記事より)

1.早くも履行の約束違反
北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げて行なった再調査の最初の報告は、当初「夏の終わりから秋のはじめ」と日本側に伝えていた。しかし、9 月22 日現在なお実行されず、何時行なわれるかも明確になっていない。北朝鮮政府の明らかな約束違反である。

北朝鮮側は「調査全体で1年程度を目標としており、現時点では初期段階の説明しかできない」と18 日に伝えてきている。北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げ調査を開始した7月の時点で、日本政府は人的往来の規制、送金および持出し金額の規制、人道目的の北朝鮮船舶の入港禁止という3項目の制裁を解除している。次は北朝鮮側が約束を果たす番である。その約束を果たさないなら、最高指導者金正恩第一書記の指導力、実行能力と責任が問われる。今回の日朝協議の合意は、金正恩第一書記が指導者となってからの初めての国際的合意である。それが誠実に実行されるかどうかは、金正恩第一書記の国際的評価を決定する重みがある。

2.合意履行の留意点
今回の日朝協議の合意で、北朝鮮側が日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明したことは、かつてない大きな前進である。
とは言え、北朝鮮が拉致を反省し、人道的な立場から被害者を日本に帰そうと誠実に考えるかと言うと、それはあり得ない。
「朝鮮革命」の継続貫徹こそが彼らの正義であり、使命である。その「革命の戦い」の中で遂行された「任務」(誘拐・拉致)は人道的な見地からも批判を受けるものではなく、チュチェ思想に目覚める機会を得て、身体的生命を越える「政治的生命」を与えられた人たち(洗脳された拉致被害者)は、真に幸せな人生を手に入れることになったのだと判断するのが、北朝鮮指導部の思想である。
したがって、日本側が彼らに「誠実な行動」を求めても、彼らは彼らなりに彼らの思想に
「誠実に行動」してきているのであって、日本の常識をもって彼らを説得することはできない。
その北朝鮮指導部が日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明し、生存者の日本への帰国を容認する合意をしたのは、国際的な経済制裁を受けて深刻さを増した北朝鮮支配層の経済的逼迫、外貨不足と対中、対米関係の冷却である。彼らの目標は北朝鮮が確保している日本人を人質に経済再建に要する外貨を獲得することにある。

3.北朝鮮の2つの絶対条件
合意を履行する上で、北朝鮮政府が特に重視することが2つある。
一つは北朝鮮政府・金正恩第一書記の名誉が守られることである。金正日総書記が拉致の一部を認めた時、日本国内では激しい北朝鮮政府・金正日総書記批判が起こった。それは日本国内に止まらず、国際的に北朝鮮政府への信用を失墜させた。このような事態の二の舞は絶対に避けねばならないと考えている。
もう一つは拉致被害者などを日本に帰すことが、北朝鮮政府・金正恩第一書記にとって大きな政治的、あるいは経済的利益につながり、かつ、その利益がその不利益を大きく上回る場合である。今回の合意でいえば、特に大きな経済的利益があり、現在の窮状を脱出するに役立つ現金を確実にその手に握れることである。

4.予想される履行過程
私たちは合意の履行過程を、北朝鮮側がどのように進めようとしてくるかに従って、3つのパターンに分けて考えた。
① 一気に抜本的な解決を行なうため、拉致被害者に関する重要な情報を提出し、生存者
の日本帰国を実現する。そして、拉致問題の全面解決へ進み、日朝国交正常化への道筋をつけ、日本からの戦後補償を含む支援を見返りとして手に入れ、北朝鮮経済を再建し、政権の安定を図る。
② 北朝鮮政府が責任を問われないような、あるいは一部の組織の責任にできるような、
そして北朝鮮の重要事項に関わりを持たなかった特定失踪者を含む日本人の情報を提出し、日本への帰国を認め、その見返りを手に入れる。見返りの入手と日本社会の反応を見極めて次の交渉に入る。次の交渉では北朝鮮の責任が明確な人たちではあるが、重大な機密には関わっていない特定失踪者や拉致被害者の情報を提出し、大きく引き上げた見返りを条件に日本帰国を持ちかけてくる。見返りの確保を確かめつつ、さらに次の情報提出へと順次進めてくる。
③ 北朝鮮政府に責任がないと主張できる在留日本人や日本人配偶者、自ら北朝鮮に渡った日本人の情報だけを提出し、その一部を一時帰国あるいは永久帰国させ、それに対する見返りを要求してくる。この場合、日本人配偶者でも、北朝鮮の政治や社会の実態を証言し批判する人は除かれる可能性が高い。北朝鮮政府は自ら見積もった見返りを要求し、それが現実に確保できるか、またその結果日本社会にどのような反応が起こるか、とりわけ北朝鮮政府・金正恩第一書記の「名誉」を守れるかを確かめる。北朝鮮が特に重視する2つの点が確保できると判断したとき、②に示した内容の交渉へと進めてくる。

①は、見返りを除けば、私たちが最も望むところであるが、北朝鮮政府・金正恩第一書記への激しい批判を恐れ、期待するだけの見返り確保の保証もなく、さらに1987 年の大韓航空機爆破を認めざるを得ない事態も予想される中で、北朝鮮政府が今すぐ決断し実行するとは考えられない。
②もその結果に対する日本社会や世界の反響が読めないこと、見返りの確保が見通せない北朝鮮としては、実行する可能性は極めて低い。
したがって③の可能性だけが残ると考える。

5.交渉の現状
しかし、現状は③さえ実行されず、停滞したままである。焦点にあるのが政府認定拉致被害者の中で、北朝鮮が死亡したと伝えてきている8 人と、入国していないと伝えてきている4 人の情報である。
「日本側が最優先で報告を求めている政府認定拉致被害者の12 人について、北朝鮮側が回答を渋っているのが現状で、北朝鮮側が見返りを引き出す駆け引きを強め、また、日本国内で期待が高まっていることに北朝鮮が〝二の足〟を踏んでいる」という。ある政府関係者は「北朝鮮は拉致被害者の情報を小出しや後回しにしようとしている。最初からはっ
きりした結果は出ない」と先行きの不透明さを指摘している。当初から予想された経過である。
その中から日本側は拉致被害者の救出という結果を導き出す大胆な提案を工夫して交渉を進める以外に道はない。
報道によると、外務省の伊原純一アジア大洋州局長が8 月下旬と9 月上旬に、マレーシアなどで、北朝鮮の再調査を行う『特別調査委員会』を実質的に運営する国家安全保衛部幹部と複数回、非公式に接触してきた。日本側は拉致被害者の安否情報を1 回目の報告に盛り込むよう求めたが、北朝鮮側は難色を示したとみられる。交渉担当者の宋日昊日朝交渉担当大使は「報告の準備はできているが、日本側の事情で遅れている」と語ったという。
初回の報告とはいえ、拉致被害者の情報が全くないのは困るという日本政府側の姿勢と、見返りに何が確保できるかを見定めようとする北朝鮮側との隔たりによって、北朝鮮側の用意した報告が止まっているというのが実情である。

問題は情報の内容とそれに対する見返りとの不一致である。今後も履行過程で常に最後までこの不一致が交渉の焦点になるだろう。この不一致の妥協点を見出すことができなければ、そこで今回の合意の履行は終わることになる。端的にいえば、北朝鮮政府・金正恩第一書記の外貨の渇望度と、歴史の評価に耐え得る日本側の妥協範囲が行き先を決める。

6.私たちの日本の決断
家族会代表の飯塚繁雄さんが「いいかげんな結果はいらない。はっきりとした結果を出してほしい」と求めるのは当然である。同時に横田早紀江さんが「きちんとした回答がこなかった場合、これで最後ということには絶対してほしくない」との思いにも必ず答えなければならない。
北朝鮮の政権が変わるまで拉致問題は解決しないとの見方もあるが、その内容が問題である。
全容が解明されて、必要な処理が終わるまでには、まだまだ時間を要するだろう。しかし、すでに5 人の拉致被害者が帰国できたように、生存者を救出することは、日本の対応によって可能である。一人でも多くの拉致被害者を一日も早く救出しなければならない。そのためには北朝鮮側の交渉路線に対応して、どのような見返りで北朝鮮を誘導するかを決断しなければならない。

繰り返すが、基本的に北朝鮮側が拉致の非を認めて被害者を返すことはあり得ない。
金正恩第一書記は拉致の実行には無関係であっただろう。この点は日本側に有利である。
今後の展開において、どのような小さな進展であろうとも、金正恩第一書記の責任を問うことなく、日本政府はその「見識と英断」を評価する声明を発表し、次への一層の決断を求めることができる。これで北朝鮮側の2つの絶対条件の一つに対応することができる。
また、大切は人々を「人質」を取られているに等しい立場の日本としては、彼らの求めるものを聞き出して交渉を進める以外にない。この交渉過程を、俗にいう「盗人に追い銭」と批判することは当たらない。あまりに長い年月、救出できなかった私たち日本の責任として、私たちに唯一可能な手段を使って救出するのは当然のことである。また、今そのことを実行する好機でもある。

日本の常識では説得できない相手であることを理解していなければ、交渉は成功しない。これは北朝鮮側の2つの絶対条件のもう一つに対応することである。ただし、その内容は後世の批判に耐え得るものであること、国際社会の理解も得られるものであることが条件である。
 日本の政治家と社会は、拉致被害者救出への安倍内閣に確かな交渉と決断を求め、自重して事態の進行を見つめ、受け止め、考え、発言していく必要がある。
拉致被害者ご家族の年齢も考慮すれば、今回の交渉を最後の機会と受け止め、粘り強く大胆な内容で北朝鮮政府・金正恩第一書記を誘導し、被害者の救出に成功しなければならない。


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