10/07 2014
ラジオ・フリー・アジア【1994年に米国議会が立法した「国際放送法」に基づき、1996年に米国議会の出資によって設立された短波ラジオ放送局】
国連の作業部会は、スタンフォード・ロー・スクール【SLS(Stanford Law School)】のアレン・ウェイナーが提出した請願書を好意的に裁定し、16名のベトナム人社会運動家や政治活動家に対する待遇を非難
12のNGOが拘留された17名のカトリック信者である若者の釈放を求める
社会運動を進めるに当たり試練に直面するカトリック信者たち
2014年10月2日
3年以上服役していたベトナムのカトリック系活動家が、木曜日釈放された。本人の話から監獄内での暴行で瀕死の状態にあったこと、そして聖書を読むことも許されず看守から繰り返し屈辱を受けたことが明らかとなった。
ダウ・ヴァン・ドゥオン(26歳)は、民主化を唱えたチラシを配布した後、「国家に対するプロパガンダを指揮した」罪で2012年5月に有罪となったカトリック信者の若者たち4名のうちの一人だった。
彼らは、ベトナム刑法第88条に基づき処罰されたが、この条項は多数の人権団体いわく、ブロガーや法的権利の擁護者その他、国に対して批判的な者を投獄するために適当に利用されるとして批判されることが多い。
ドゥオンは3年半の刑を言い渡されたが、18ヶ月の保護観察を条件に木曜日早期釈放となった。
ゲアン省のナム・ダン地区にある自宅に戻った直後、ドゥオンはRFA【ラジオ・フリー・アジア】のベトナム・サービスと会見し、最初に投獄されたギーキム刑務所での悪質な暴行を受けながら生き残ることができ本当に幸運だったと述べた。
「ギーキム(ゲアン省ヴィン市)へ入れられた後、他の囚人が私を暴行するよう命じられた。午後10時に始まりほとんど午前4時くらいまで、二人の囚人から激しい暴行を受け続けた」と言う。
「私は今日まだここに立てていることを神に感謝したい。あの時、私は死んでも不思議ではなかった。私の体はひどく痛めつけられたが、私は祈りを続け、回復することができた」
その後、ドゥオンは隣接したタインホア省の第5刑務所へと移され、そこで残りの刑期を過ごした。
ドゥオンいわく、「麻薬の売人、盗人や殺人者」と同じ監房に入れられた後、しばらくして他の政治囚たちのいるところへ詰め込まれたと言う。そこにはアメリカに拠点を置く民主化組織でありベトナム政府によって禁止されているベトタン【ベトナム革新党】に関与したとして2013年1月に有罪となったグループのメンバーもいた。
「第5刑務所はまだ拘束が緩いほうだった」と言う。
「それでも、屈辱を与えてくる看守はいた。抗議すると、入れ替えられたが」
比較的緩い第5刑務所ではあったが、熱心なカトリック教徒であるドゥオンから、当局が没収した聖書は、彼がハンガーストライキを一週間行い、抗議を続けるとの強い態度にでるまで、返却されることはなかった。
聖書を没収した刑務所職員からは、「宗教書の類はすべて禁止であり、釈放後に返却すると言われた」
「もし私がこの問題をグエン・タン・ズン首相に知らせたとしても、首相は何もできやしないと言われた」と述べ、その職員の名はディン・コング・チェンと明かした。
「それに対して私は、彼が私の宗教の自由の権利――すべての人に与えられた基本的な権利――を侵害しており、私の聖書が返却されるまでハンガーストライキを継続すると伝えた。するとある日管理委員会が招集され、聖書が返却されたので、そこでストライキを止めた」
長期にわたる拘留
ドゥオンは2011年8月以来拘留されていたが、逮捕理由はその3ヶ月前に行われたゲアン人民議会選挙が国民の意志を反映できる選挙プロセスとなっていないと主張し、同選挙のボイコットを勧めるチラシを配ったためだった。
ベトナムにおいて選挙の立候補者は、国民の投票にかけられる前に、予め与党のベトナム共産党によって選ばれる。
ドゥオンの仲間で同じく被告のトラン・ヒュー・ドクとチュ・マイン・ソンも2012年5月24日に裁判を受け、それぞれ3年3ヶ月と3年の懲役刑となった。両人も少なくとも1年の保護観察処分となっている。
4人目の被告、ホアン・フォンは18ヶ月の保護観察となった。
複数の国際人権団体が、証拠が不十分にもかかわらず有罪としたこのような公判は、単なる見せ掛けの裁判で到底受け入れられないとした。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、これら4人の被告はみなビン【ベトナムの地名】のカトリックコミュニティのメンバーとして、孤児や自然災害の被災者支援、献血、女性への中絶反対の奨励といったボランティア活動に従事していた。
ソンは今年2月に釈放となったが、ドクはまだ、北部ベトナムのタイグエン省にあるプー・ソン刑務所に服役中だ。
戦う固い決意
ドゥオンがRFAに語ったところによると、刑務所当局は、ドゥオンに対し服役中、効果的に「再教育」を施したとして釈放を決めた旨を伝えたと言う。
「実際には、私は再教育など全くされていなかった」とドゥオンは言う。
さらに活動家として引き続き社会の不公平と戦い続け、逮捕前に行っていたカトリック青年会としての活動へも復帰することを誓った。
「そのために逮捕されたが、変わらずこれらの活動を続けたい」と言う。
「(政府の)過ちへの抗議をやめるつもりはないし、カトリック青年会のその他のチャリティー活動も続けるつもりだ」
ベトナム憲法は信教の自由を保証しているが、宗教活動は国の管理下におかれ厳密に監視されている。
600万人の信者を擁するカトリックは、ベトナムにおいて仏教に次ぐ第二の宗教であるが、教会の財産を始めとする諸問題をめぐり、カトリックのコミュニティとハノイの政府の間の緊張関係から不安が生じている。
RFAベトナム・サービスのアン・グエン報告。英文記事ジョシュア・ライプス。
ベトナムのカトリック系反体制派、3年の服役の後釈放 : ベトナム革新党
http://viettan.sakura.ne.jp/?p=115