南モンゴルに関する決議案 UNPO総会で提案 : 南モンゴル人権情報センター

SMHRIC
2015年7月2~4日
ニューヨーク

ご臨席の皆様

 私はトーチョグ・エンフバトと申します。ニューヨークにある「南モンゴル人権情報センター」の代表を務めております。

 南モンゴルは「内モンゴル」として知られ、先住民族であるモンゴル人600万の故郷です。私たちが「内モンゴル」の代わりに「南モンゴル」という用語を使っている理由は以下の通りです。

 (1)「Inner(内)」という単語は漢語の「内蒙古」という単語の直訳であり、南モンゴルを中国の「内部」だと主張する政治的宣伝のための用語であること。

 (2)私たちモンゴル人が自分自身を「Inner(内)」や「Outer(外)」と呼んだことは決してありません。私たちは自らを「O’vor Mongol(ウブル・モンゴル)」と呼び習わし、それは単純に「南モンゴル」あるいは「ゴビ沙漠の南部モンゴル」という意味を表しています。

 (3)「南モンゴル」は「内モンゴル自治区」だけではなく、中国各省のモンゴル人居住地域をも含む概念です。

 南モンゴルは、中華人民共和国が成立した1949年まで中国の一部であったことは決してないのです。

 1950年代、何千という南モンゴルの文化人が「民族主義者」「右派」というレッテルを貼られ、中国共産党政権により殺害されました。

 1966~1976年、中国政府は南モンゴルでジェノサイド、民族浄化を実行しました。中国の正式な統計によれば、16,222人のモンゴル人がこのジェノサイドで殺害されました。私たちは、この数字以上の膨大な数のモンゴル人が殺害されたと考えています。

 1980~1990年代、大規模な漢人移民プロジェクトが実施されました。何百万という漢人が南モンゴルの草原に流入し、集約的農業を始めたのです。

 中国当局は2001年、モンゴルの伝統とライフスタイルに敵対する2つの政策を採用しました。一つは「生態移民政策」で、祖先の土地から牧民全体を漢人が優勢な都市部や農村に強制移住させることを目指すものです。もう一つは「禁牧政策」で、自分の牧草地で家畜を放牧する牧民を犯罪者とし、逮捕や拘留、その家畜を没収するものです。

 中国政府は2009年、「南モンゴルが中国最大のエネルギー基地になる」と宣言しました。中国全土から鉱山会社が南モンゴルの草原に進出し、鉱山開発を実行しました。牧民たちは鉱山開発に屈し、土地を追われたのです。強制移住に抵抗したモンゴル人たちは逮捕・拘留され、刑務所に送られました。

 これらの法外な政策に加えて、有名な政治犯の事例もあります。特にハダ氏とその家族の事例はよく知られています。同氏は1995年逮捕され、禁固刑15年の判決を受けました。2010年12月10日に15年の刑期を終えましたが、さらに4年間非合法に拘束されたのです。昨年12月にやっと釈放されましたが、現在も軟禁状態にあり、通信・移動の自由もありません。

 もう一つはホーチンフー女史の事例です。同女史は、2010年12月10日に釈放されるはずだったハダ氏を歓迎するためにインターネットでモンゴル人を集めた罪に問われ、2011年11月に逮捕されました。女史は1年以上拘留され、その後軟禁されました。彼女は大きな健康上の問題をかかえています。

 上述のような人権状況の悪化を考慮し、私たちは南モンゴルの現状に関する以下の決議案を草案しました。

 (1)私たちは、UNPO(代表なき国家民族機構)がEUと協力して中国政府に圧力をかけ、国家予算によるモンゴルの伝統文化と牧畜の根絶政策をやめさせるよう主張します。

 (2)私たちは、UNPOがEUと国連の人権関係機関と協力して中国政府が南モンゴルの全ての政治犯を釈放させることを主張します。

 (3)私たちは、UNPOがEUと協力して南モンゴルに調査団を派遣し、南モンゴルにおける漢人による人権侵害に関する完全な調査を実施するよう要請します。

 (4)私たちは、UNPO、EU、国連の人権機関が中国当局に圧力をかけ、移住させられた全てのモンゴル人牧民を故地に戻し、伝統的なライフスタイルを維持することを許可させるよう主張します。

 ご静聴ありがとうございました。

トーチョグ・エンフバト/南モンゴル人権情報センター代表
http://www.smhric.org/news_577.htm


南モンゴルに関する決議案 UNPO総会で提案 : 南モンゴル人権情報センター
http://www.smhric.org/Japanese_220.htm

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