中村信一郎氏講演会報告
2月14日、東京都四谷の会議室にて、中村信一郎氏(国体政治研究会代表幹事)による、アジア自由民主協議会主催・第一回民主社会主義学習会が開催されました。参加者は20数名。
まず中村氏は、戦後日本における民主社会主義の源流は、戦前・戦中の戦闘的自由主義者河合栄次郎氏の愛弟子たちが創設した、社会思想研究会(昭和21年10月創立)にあり、自分が大学の恩師であり、河合門下であった吉田忠雄氏を通じてその教えを知ったことを述べました。当時の社会思想研究会には、蝋山政道、土屋清、関嘉彦、気賀健三、吉田忠雄、加藤寛、田久保忠衛らの知識人・ジャーナリストが集っており、そこで終生の同志となる梅澤昇平、高池勝彦両氏と出会うなど、計り知れない影響を受けたことを述べました。
そして、この戦闘的自由主義者である河合栄次郎氏の偉大なエピソードとして、彼がファシズムを批判した時、一部の極端な右派や軍人が脅迫的な態度で河合氏の言論を封じようとした時、議論の場に機関銃を持ち込み、暴力で封じようとするのが侍の道なのか、このやり方は卑劣である、もし諸君がそういう態度を取るのならば、私もあつかったことなどないが、機関銃を持ったうえで議論をしよう、と堂々と対抗したことを述べました。そして、その折、民族派の最長老だった頭山満が、河合氏とは意見は異なるが、この言い分はまことに正しくあっぱれだ、卑劣な真似はやめよと一括したことに触れ、思想的立場は異なっても優れた人格同志は理解しあえるものだという象徴として紹介しました。
その一人である高池勝彦氏に対し、幼少のころより本居宣長の世界を学ぶような環境に育ち、日本の伝統や尊皇心、愛国心を培っていたにもかかわらず、同時に決して国粋主義や偏狭な民族主義に陥ることなく、欧米文明のよき面を学んでいたこと、ボートの資格を取るなど多彩な趣味を持っていたことなどを語り、真の愛国心は決して排外主義に陥るものではないことを強調しました。
中村信一郎 氏
また、時として「社会主義」という言葉から誤解する人が居るようだけれど、民主社会主義思想のキーワードは何よりも「協同体の保障」「貧富格差の是正」「勤労の重視」という三つの価値観から成り立っているものであり、共産主義とは、二番目の「貧富格差の是正」の一点を大義名分として、事実上、他の二つを排除してしまう思想だったことを強調しました。その上で、それでも結果として共産主義体制下で貧富格差がなくなるのならまだいいけれども、現実はソ連、中国、北朝鮮など各国において現実に出現したのは、資本主義以上の富の格差であり、共産党高級官僚による特権社会が出来上がったに過ぎないと述べました。
さらに中村氏は、共産主義が、協同体、つまり伝統社会や家族を解体し、私有財産の否定によって勤労意欲を失わせただけでなく、スターリン、毛沢東、ポルポト政権などの、共産主義体制を受けいれない民衆に対するヒトラー以上の虐殺を行ったことは歴史的事実であることを指摘し、共産主義とは、思想的にも実践においても、社会主義の正当でもなんでもなく、よく言って傍流、あえて言えば異端や逸脱にすぎないと述べました。
そして、自らが参加した民主社会主義運動に触れ、昭和35年1月、民社党の支援組織として結成された民主社会主義研究会議(民社研)に就職、月刊誌『民主社会主義研究』(後に「改革者」と改名)の編集に携わるようになったと述べました。その時の編集部長が遠藤欣之助(評論家故遠藤浩一の叔父)氏であり、遠藤氏の大きな業績として、創価学会の言論弾圧事件を挙げました。
1969年8月、評論家藤原弘達の「創価学会を斬る」が、日新報道から出版されたとき、取次会社が事実上本を全部創価学会に買い取られる形で配本もできず、しかも、事実上の言論弾圧に対し、全く政府自民党から共産党に渡るまで有効な批判も何もできなかったときに、遠藤氏を中心に、藤原氏の講演会と本の販売を行う、言論出版妨害に対する抗議の国民集会を開催したことを述べました。その現場では、自分の見たところ1万人近い警察が十重二十重に会場を囲んで護衛していたこと、しばらくは遠藤氏には脅迫状が相次ぎ、警官が四六時中周辺を警備していたことなどを述べました。そして、現在の公明党を当時と同じ組織だとは言わないが、この時代の創価学会がいかに危険な存在であり、それと闘ったことは民社党の誇りだと述べました。
そして、民社党が掲げた民主社会主義の政治とは、福祉国家、安全保障の確立、そして社会保障制度の充実など、今でも通用するものであること、そして、民主的労働運動として同盟とも連携していたが、民社党の場庵、支援組織であれ、党内部であれ、意見の違いは常にオープンな議論が自由に行われており、例えば、戦略的に「社公民路線」が提唱されたときも、最終的な政策決定は党が行うにしても、それを批判する党内、組織、民社研などでの議論は常に自由だったことを述べ、これは、自民党と財界、社民党と総評等の愛では決してなかったことと思うと述べました。
最期に、日本における民主社会主義の運動において、自分が最も大切だと思うのは、例えば日本の文化伝統を守る、などという一般論は誰でもいえる、それを真に守るためには、敬神尊皇、日本の伝統としての尊皇心が最も重要であり、この心を欠いたいわゆる保守派政治家は、たとえ憲法改正など部分的な面で正しくても真に評価には対しないと述べました。石原慎太郎、中曽根康弘両氏をこの視点から批判すると共に、民社党の精神の中には、この真の意味での伝統意識も、さりげなく記されていることに触れ、日本における民主社会主義運動の原点の一つがここにあることを述べました。
ペマ・ギャルポ 会長
休憩後、ペマ・ギャルポ会長より、この学習会を開催した理由の一つは、これまで当協議会はアジアの民主化、例えば中国の問題などに取り組んで来たけれども、例えばアメリカ的な民主主義の押し付けは、かえってその地域に混乱を生んでしまうし、傲慢な価値観の強制になってしまう、むしろ、ここ日本に住むアジア人や留学生、また民主活動家の方々に、民主社会主義を学ぶことで、今後歩むべきアジアの道をぜひ認識してほしいからだと述べました。そして、この日本国自体も、アジアに、世界に引き継ぐ価値として、共産主義でもジャングルのおきてのような弱肉強食のグローバル資本主義でもなく、民主社会主義の価値を再認識し、アジアに訴えて行ってほしいと結びました。(文責 三浦小太郎)
三浦小太郎 事務局長
【メッセージ】
アジア自由民主連帯協議会民主社会主義学習会のご開催にエールを送ります。
本会が意義深いものになることを願います。
本日のご盛会とご参加の皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
平成28年2月14日
愛媛県議会議員 愛媛拉致議連会長
森高康行
【動画】
第一回「民主社会主義学習会」講師 中村信一郎 氏
https://www.youtube.com/watch?v=4rCjbDxK5og
2016年2月14日に東京四谷で行われたアジア自由民主連帯協議会主催「第一回 民主社会主義学習会 講師 中村信一郎氏」の動画です。
※告知より
https://freeasia2011.org/japan/archives/4421
本年度より、アジア自由民主連帯協議会では、民主社会主義の学習会を定期的に開催することになりました。
私たちはアジアの民主化と民族自決権確立を訴えてまいりましたが民主主義への正しい理解なくして独裁体制を倒したとしても、そのあとは単なる無秩序と社会の混乱を招くだけであり、最悪の場合は内戦すら生じてしまいます。
また、民主主義が正しく機能するためには、野方図なグローバリズムや資本主義の暴走を押さえ、国民間の格差の是正や、一定程度の富の再分配、労働者の権利の確保などが必要不可欠です。
このような見地に立ち、私たち協議会は、現在再評価されるべき政治思想として民主社会主義の学習会を開催することにいたしました。
第一回の講師に、かつて民主社会主義研究会議(民社研)の機関誌月刊『改革者』の編集にたずさわった後、民社党に転職して党機関誌月刊『かくしん』の編集、さらに機関紙『週刊民社』の編集にかかわりつつ、
民主社会主義を敬神尊皇と密接に結び付ける先駆的な活動をしてこられた中村信一郎先生(国体政治研究会代表幹事)をお招きいたしました。
是非とも、皆様方のご参加をよろしくお願いします。
・講師
国体政治研究会代表幹事
中村信一郎 先生
・登壇
アジア自由民主連帯協議会
ペマ・ギャルポ 会長
・司会
三浦小太郎 氏
制作・協力 ラジオフリーウイグルジャパン
http://rfuj.net