【報告と動画】第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏

 2016年6月19日、東京都代々木の会議室にて、アジア自由民主協議会第20回講演会第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏、が開催されました。講演会の文字起こしを掲載します。


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 きょうは、このようなタイトルで、台湾で新政権が発足しまして、今後日本とどのようなつながりを持っていくのか等々について話させていただきたいと思います。
 今年の1月16日に総統選挙が行われて、野党の民進党の蔡主席が与党国民党の候補者を破って当選を果たし、そして、5月20日に就任したわけですね。その日の就任演説というものは、日本を含め世界の注目を集めました。

 台湾と中国との間に「一つの中国」を確認し、合意したという、「92年コンセンサス(92年合意)」というものを、蔡英文さんはいままで受け入れてなかったわけですが、総統就任演説でそれの受け入れ表明をして国民党と同様に中国と仲良くやっていくのか、それともそれを拒否して中国との間で緊張を高めていくのか、そのような点が特に注目されました。結果的には、受け入れ表明はしなかった。予想されたとおりですね。
 ただ日本人は台湾問題に対してある程度の誤解があって、それがあるために、認識すべきものをちゃんと認識できていない気がします。

 特にそう思わせるのが、マスメディアの報道です。蔡さんが「92年コンセンサス」を認めないのは、独立志向が強いからだというのですね。NHK、民放もそうですし、全国紙、地方紙に至るまでみなそうですが、民進党に言及する際、大抵「独立志向の強い民進党」とか、「独立志向の民進党」とか、枕詞のように「独立志向」と付けます。

 では、独立とはどこから独立なのか。民進党はもともと台湾独立という目標を掲げていましたが、それは中華民国体制から独立するということです。ただ、いまはその目標は凍結し、棚上げしているのです。だから、そういう意味で「独立」と言っているとは限らない。

 つまり、中国は、「一つの中国」を受け入れない民進党のことを、中華人民共和国からの独立を計る分裂勢力であると批判していますが、それと同じ感覚で言っているわけですね。台湾は中国に支配されてないのに、「台湾は主権国家である。中国とは別々の国である」と強調することを、台湾の独立、分裂の動きだと極め付け、そのように緊張を高める民進党はトラブルメーカーであると国際社会に訴え、孤立させようとしているのが中国ですが、そういった悪意の謀略宣伝に、日本のメディアは乗っているケースが多い。しかし民進党が中国からの独立を訴えたことは一度もありません。

そこで台湾人が、いつも「独立志向の民進党」と書く日本経済新聞の台北支局に抗議しました。ところが支局長さんは、「日本政府は、台湾は中国の領土と認めているのだから、この表現で正しい」と言ったのです。しかし抗議した人間は弁護士で法律に詳しく、「日本政府はそう認めてない」と言うと、支局長さんは、「あいまいにしているけど、実は認めているのだ」と嘘の上塗りをして逃げてしまったそうです。

 それから、読売新聞は、はっきりと「中国からの独立志向の民進党」と書いています、その代わり、間違いだとの批判を避けるため、独立の二字をかっこで括っています。かっこを付ければ何を書いてもいいと思い込んでいるらしい。

 なぜどこもそこまでして、しかも一斉に、「台湾独立志向」と書くのか。何ごとにも動機、目的があるわけですが、やはりそのように宣伝している中国の顔色をうかがい、歩調を合わせているとしか思えない。「民進党はトラブルメーカーだ」という中国の悪意の宣伝に加担している疑いも払拭できないですね。

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏


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 もう一つ問題なのは、このような誤った宣伝が毎日のように行われているにもかかわらず、国民が誰も怒らない。違和感すら抱かない。要するに、台湾は中国の一部であるという虚構のプロパガンダに日本人が染まっているからなのです。たしかに世間では台湾と中国は別々の国だといった認識が広がっている。それでありながらもこうした虚構宣伝に違和感を抱かないかといえば、やはり心のどこかに「一つの中国」だとする意識が刷り込まれているからではないかと思うのです。台湾と中国は、東西ドイツのような分断国家で、将来は一緒になってもいいと思っている人が大勢いるのではないかと。

しかしみなが誤解していますが、台湾と中国は分断国家ではなく、統一しなければならない理由は一つもないのです。

なぜなら台湾はチャイナの領土ではなく、分断は起こっていない。ところが、みんばそれを誤解して、台湾を見る目を曇らせてしまっている。

「一つの中国」が嘘であるのは歴史経緯を見れば分かるので、簡単に説明します。

 台湾が日本の領土だった戦時中、蒋介石がルーズベルトに、「台湾が欲しい」と言ったのです。ルーズベルトも、「いいよ」と言いました。日本と真面目に戦わない蒋介石を真面目に戦わせようと優遇したのです。その結果、カイロ宣言に「日本は台湾を中華民国に返還すべし」とうたわれるに至った。

 日本は降伏してポツダム宣言の履行を誓いましたが、その第8項に「カイロ宣言を履行すべし」とありましたので、日本は台湾を中国に返還することになりました。

そこで中華民国はそれを好いことに、昭和20年10月にマッカーサーの命令によって、日本軍の降伏を受け入れるために台湾に軍を進駐させた際、勝手に台湾の領土編入を宣言したのです。カイロ宣言に基づいているという立場でですが、それは無効です。アメリカもイギリスもそんなことは許さないと言いましたし、蒋介石も無効だと分かっていましたが、しかし、台湾は中国の一部であるというインチキな宣伝に基づく「一つの中国」というものがこうして出来上がったわけです。

 そして、さらに1949年に中華人民共和国が成立しました。この国は「中華民国は滅んだ。そして、日本が中華民国に返還した台湾も中華人民共和国が引き継いだ」というもう新しい「一つの中国」の宣伝を始めたのです。好く耳にする「一つの中国」原則とはこういう代物なのです。

 ところが、1949年当時はまだ台湾は日本の領土であるわけです。1952年発効のサンフランシスコ講和条約で、初めて日本は台湾を放棄したわけですね。ただ台湾の新たな帰属先は決められなかった。連合国としては中国に渡したくなかったのですね。中国もそのころ朝鮮侵略をやっていましたから。連合国の間では、台湾の帰属先は住民自決にゆだねるしかないとの認識が持たれていたそうです。しかし、当時台湾はすでに国共内戦で敗れた中華民国亡命政府の独裁支配下にあって、住民自決など許されるような状況ではなかった。これが台湾戦後史の前半部分の外来政権時代の話です。

 そういうわけで、「一つの中国」というのは嘘であり、それを一番よく知っているのは、台湾を中国に返還しなかった日本政府なのです。でも政府は嘘だと言うと中国がものすごく怒るから言えない。

僕は何年か前に外務省に電話して、台湾が中国領土ではないことを認めてもらおうと、「日本は中国に台湾を返還していませんね?」と聞いたのですが、そうしたら、「我が国は台湾の帰属先については発言しない立場である」と言って答えないのです。それで押し問答が続き、「日本は台湾を放棄したのだから、言えないです。」と言いました。それで「返還したかどうかは放棄の前の話だから、言ってもいいでしょう?」と聞いたら、相手は少し考えて、小さい声で「返還していません」と言ったのです。中国に聞こえないように。

これは、もう本当に久しぶりに日本政府が真実を口にした瞬間でした。

それから日本ではマスメディアも返還は嘘だとは言わない。これは、中国に記者協定のころから「一つの中国」の原則に従いなさいと言われているからです。そうした結果、国民はすっかり「一つの中国」の宣伝に侵されてしまったわけです。

 そしてそんな状況ですから、マスメディアは安心して中国の歓心を買うため「一つの中国」を受け入れ、できるだけ台湾は中国の一部であるように報道しようとして来たのです。

 今回、メディアが民進党を中国からの「独立志向」と報じたのはなぜか。それを各社一斉にやったというのは、中国大使館などから一斉に指令が下りたということではないでしょうか。

 皆さんならその辺はご存じと思います。今後はそのようなことわれわれがどんどん伝えていかなければ、いつまでたっても中国の宣伝を打ち破ることはできないと感じるわけです。


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 さて日本のマスメディアは、蔡英文政権は中国との緊張を高めるかもしれないと、心配ばかりしてきましたが、この政権の誕生を持つ歴史的意義については語っていない。そこできょうはそれを話そうと思います。

 そこでこの新政権が発足するまでの、台湾の戦後の歴史の歩みを簡単に説明したいのですが、それに当たっては、あの「一つの中国」をキーワードにすると分かりやすいです。要するに、国民党は一種の台湾に対する不法な支配を正当化するために「一つの中国」を口にし、一方中共は台湾侵略という不法行為を正当化するために「一つの中国」を掲げているわけですね。そしてその後は李登輝総統、陳水扁総統が「一つの中国」から脱却して台湾は台湾だと言ったけれども、それに対して、「一つの中国」に戻ろうとしたのが馬英九政権で、そして今回再び「一つの中国」を否定する方向に進もうとしているのが蔡英文の新政権なのです。

 もう少し具体的に言うと、李登輝さんが国民党の主席として、あるいは中華民国の総統としてやったのは体制内からの改造でした。台湾出身の彼は「中華人民共和国と中華民国のどちらが本物の中国政権か」というくだらない競争に興味はなく、中華人民共和国という実態を認めた上で、台湾にある中華民国は一つの主権国家、独立国家であるとし1996年に台湾住民だけで中華民国の元首を選びました。李登輝さんはその選挙で当選して、初代の民選総統となったわけですね。あのとき中国は怒りましたが、それは中国からの独立、分裂の動きと映ったからなのです。

 さらに、李登輝さんは「二国論」というものを打ち出しましたね。台湾と中国について、国と国との関係であるという実際の状況を明確に指摘しました。言ってはならない事実を言われた中国は緊張を高め、そして、それまで続いていた台湾との対話を停止しました。

 一方、民進党は中華民国を打倒して、住民自決で新しい国を作ろうという考えでしたが、さきほど言ったように、その目標を棚上げし、中華民国体制を認めました。自分たちで元首を選んだわけですから、もはや外来政権ではなく、本土政権になったという見方をとったのですね。もちろん、まだまだ、中華民国憲法がある限りは外来政権だという声もあるし、それはそれで一理も二理もあるわけですが、とりあえずそのような流れの中で、2000年の総統選挙で民進党が政権を獲得しました。

 そして、李登輝さんは総統を退任し、国民党主席も辞めました。辞めた途端に、国民党は再び「一つの中国」に回帰しました。そして台湾と中国は別々の国であると主張する民進党政権を牽制するために、「92年コンセンサス」というものを案出しました。1992年の台中会談の中で双方は「一つの中国」原則で合意したのだから、それを守りましょうと言いだしたわけですが、実はそんな合意は、なされていません。

 でも、国民党は言うのです。「双方は『一つの中国』を確認した。その代わり、その『中国』とは何かについては、それぞれが解釈する」と。台湾側は中華民国、向こうは中華人民共和国と解釈し、そのような異なりを認めることで合意したのだと言いましたが、これは嘘っぱちです。論より証拠、中国自身がそんな合意はないと言ったのです。台湾側が自らを中華民国と呼ぶのを許容するわけがないのです。

 ところが、2004年の次の総統選挙で、また民進党が勝つと、国民党が何をしたかというと、国民党と同様に、あるいはそれ以上に民進党政権を嫌っている中国共産党と手を組んだのです。そして、連戦主席が2005年に北京に行き、胡錦濤と握手し、「聯共制台」という謀略に打って出た。中共と連帯して、台湾人勢力の台頭を制する、民進党を押さえつけるということですね。

 そして、そのとき、中共は初めて、「92年コンセンサス」を認めました。そしてそれを中国と台湾が交流する政治的基礎、つまり最低限の条件と位置付けました。ただしこのとき、「92年コンセンサス」に新しい定義が加えられました。「双方は『一つの中国』を確認する」というところは変わらないですが、そのあとの、「『中国』はそれぞれが解釈する」というところが省かれたのです。

 確かに、国民党は今日に至るまで、「92年コンセンサス」に関し、「『中国』の意味はそれぞれが解釈する。我々はそれを中華民国と解釈する」と、台湾国内や、中国以外の外国に対して繰り返していますが、しかし中国の前では、中華民国の「ち」の字も言わないのです。

ご存じと思いますが、日本のマスメディア、たとえば日刊紙は、「中華民国」という4文字を絶対使わないでしょう?一部メディアはかぎかっこを付けてたまに使いますが、普段は使わない。台湾の国旗に触れるときも「国旗」と書かない。その代わり「台湾の旗」などと書いたり読みあげたりする。なぜなら中国に怒られるのが怖いからです。

そういうばかなことを日本のメディアはやっていますが、なんと、中華民国体制を死守せよと叫び続けてきた国民党が、今ではそれと同じことをやっているのです。

中共の前で中華民国と言わないし、国家の元首の職位の名称である「総統」とも言いません。中共の前では「台湾のリーダー」と言い換えるのです。そして、中共の人間が台湾にやってきたら、中華民国の国旗を隠します。そういうことをやっているのが国民党です。


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つまり、国民党の「聯共制台」は、中共の恫喝の力を借りることなのです。有権者に対しては「もし民進党に票を入れれば、中共と戦争になるぞ。しかし国民党に票を入れれば、中共とは握手できる。平和が到来し経済的にも豊かになる」と宣伝をやったわけですね。そしてそのようにして、2008年には政権を取ったわけです。

 つまりやくざの力を借りて利益を得たのと同じです。やくざの力を借りた者はやくざの言いなりにならなくてはならないのが世の常ですが、国民党もそのように中共の力を借りたばかりに、向こうの言いなりにならざるを得なくなったのです。

 かくして国民党は2008年に政権を握り、「一つの中国」を掲げて中国との交流も始めました。これについて日本では、関係改善の動きだと歓迎する報道もありましたが、「関係改善」と言うより「主従関係の確立」と言ったほうがいいかもしれません。

 確かに中国とは経済交流を深化、緊密化させ、FTAにあたるものまで締結して経済の一体化を進めたけれども、台湾の経済がそれで良くなったかというと、そうではないというのが、国民の大方の意見でしょう。潤っているのは一部の企業だけで、産業の空洞化が進み、格差が広がり、失業率は下がらないという状況で、国民党は支持率を下げました。

 さらに言えば、過度の中国依存のために、台湾は経済面だけでなく、政治的にも中国の影響下に陥ってしまうのではないかという危機感が高まりました。人々が中国の野心を知ったのですね。そもそも、中国が台湾と関係改善を行う目的はあくまでも政治的な統一です。経済交流や経済の一体化も、政治統一の前提として進めて来たのです。

 そのような野心が肌で感じられるようになった結果、3年前に起こったのが「ひまわり学生運動」ですね。それ以降は台湾国民が全体的に国民党に不信感を募らせ、そうした流れの中で最終的に蔡英文さんを総統に押し上げたというのが、この間の選挙だったのではないかと思うわけです。

 ところがこの蔡英文さんに対しては、中共や国民党はもとより、日本の一部マスメディアもが、いまある安定した台中関係を維持するために、「92年コンセンサス」、「一つの中国」の原則を受け入れろ、と訴えました。しかし国民の間では、「何をいまさら、あんな危険な関係を続けなければならないのか」という思いがあるわけですよ。世論調査を見ても、国民の過半数は、「そんなものを受け入れる必要はない」と考えているようです。

 このような台湾の民意は台湾人意識とも言いますが、台湾人としての自然感情ではないでしょうか。そのような自然な意識や感情というものを一切度外視した形で、日本のメディアは台湾の在り方を論じて来たのではありませんか。「中国との関係をうまくやってほしい」としか言わないのですね。それなら「一つの中国」を受け入れて、併呑される方向へ行けといいたいのか。

 そのような報道を続けるから、国民は台湾について正しく認識しにくくなっているのではないかと思うわけです。

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏


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 それでは日本ではメディアなどが心配するように、「一つの中国」を受け入れない新政権の発足により、地域の平和と安定は損なわれて行くのでしょうか。実際にはむしろその逆ではないかとも思える部分もあるので、その辺りを少し説明したいと思います。

 まずここで考えなくてはならないのは、中国が現在進行させる軍事戦略です。要するに台湾を取って、少なくとも第二列島線までの西太平洋を中国の勢力下に置き、アメリカの影響を受けない、中国を中心とした新しいアジア太平洋の秩序を作ろうとしているわけですね。

 なぜそんなに台湾を取りたいかというと、もともと台湾は中国にとっては、自分の喉元に突き付けられた米国の匕首のようなものであり、さらには海洋進出の隘路です。

 これまで南モンゴル、チベット、東トルキスタンを制覇し、これからは西の海洋へ勢力を伸張させ、そこに覇権を打ち立てたいのだが、第一列島線が障害になっている。しかし列島線上の台湾さえ自分の物にすれば、そこは自国の不沈空母と化し、東シナ海、南シナ海はおのずと自分のところに転げ落ちてくるし、西太平洋への進出も自由自在になる。そうなればこの地域でアメリカが占めて来た地位を奪い取るのも夢ではないということですね。

いま、中国は東シナ海、南シナ海でいろいろと蠢き、揉め事を起こしていますが、あれらなども要するに台湾を取るための準備と見なければならない。台湾攻略に際して米軍の接近を阻止するための陣地構築の営みと見なければならないわけです。だからこそ、日米同盟は南シナ海、東シナ海を大変注視しているわけですよね。

 そして日米は、中国を刺激したくないからはっきりと言いませんが、台湾のことを非常に気にしているはずです。そもそも尖閣やスプラトリーよりも、台湾のほうが日本にとっては重要です。台湾を取られたら、尖閣もスプラトリーも全部中国のものになってしまうとわけですから。

 そして実際に日米同盟は台湾を守ってきました。アメリカの軍事力が台湾の国防の後ろ盾ですが、その軍事力を支えているのが日米同盟なのです。ところがこの東アジアにおいて日米と台湾がどう関係強化をすべきかが課題になっている中で、馬英九政権はあの8年間で何をやったかなのです。

 日本はあの8年において、福田政権があり、民主党政権がありましたが、安倍政権ができると特に日米同盟の強化を通じて中国の膨張への抑止力を高めようと必死になっています。ところがそれに対して馬英九政権はどうかといえば、こちらは逆に台湾の国防の空洞化と言うべき動きを続けてきました。

あの政権には発足時以来の「独立しない、統一しない、武力行使しない」とのスローガンがあります。つまり「われわれは現状維持に努め、戦争はしません、緊張は高めません。世界の皆さん安心してください、特に中国は安心してください」とアピールしました。

 しかしこの「武力行使しない」とは何でしょう。中国は「武力行使を放棄しない」と言っているのに対し、「攻め込まれても抵抗せず降伏する」ということではありませんか。さすがに「降伏する」とまで言っていないかもしれませんが、しかし「戦争は起きないようにあらゆる努力をする。中国を怒らせないためならあらゆる譲歩、妥協も厭わない」と宣言したようにしか受け取れないわけです。実際にあの政権はそのような姿勢を見せてきました。

 2009年の台湾と中国の国防費を比較すると(中国のそれは公表額に過ぎませんが)、中国は台湾の約7倍。ところが2013年になると13倍に上がっているのです。なぜかと言えば、中国の軍拡が急ピッチなのに対し、台湾は国防費を下げているからです。馬英九政権は国防費をGDPの3%以下に下げることないと公約しながらも、毎年その約束を反故にしている。もともと国民党は野党時代から対中国の防衛製兵器のアメリカからの購入の予算編成を反対してきましたが、そういった国防強化の妨害を、政権を握ってからもやっているのです。

 それから台湾は、23万人の兵力がどうしても必要です。現在軍は徴兵制から志願制へと移行中ですが、思うように兵隊が集まらない。そこで馬英九政権は17万人にまで枠を下げてしまった。

このように真剣に国防を考えないのが馬英九総統だったのです。軍事演習にしても、最近は違いますがこの間までは「中国に善意を見せる」などといって実弾演習を差し控えていた。

そしてあれだけ中共の脅威が増大しているにかかわらず、「台湾海峡はいままでで一番平和な時期だ」と宣伝し、内外を欺いてきました。

 なぜなのか。ここで馬英九さんたち国民党中枢を占める中国系の人たちの考え方を見なければなりません。要するに、「台湾と台湾人を守るために、強くなった中国となぜ戦わなければならないのか」という思いがあるわけです。「なぜ、台湾人意識を高めて、中国人であることを忘れた民進党やその支持者など、憎たらしい台湾人のために祖国と戦って血を流さなければいけないのか」と。

 そのような思いがあるからこそ、台湾侵略を狙う中共と組んで自国民を抑えるという「聯共制台」で政権を獲得し、政権を維持してきたわけでしょう。

 このように見ると、「国民党政権のおかげで台湾海峡が平和になってよかった」と考えるより、「国民党のせいで台湾海峡の軍事バランスは一気に中国に傾き、アジア全体に悪影響が及びつつある」と受け止めた方がいいようです。

だが今後は、このよう状況に歯止めをかける努力がはらわれることでしょう。


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 それからもう一つ、この国防の空洞化と同時に馬英九政権が安全保障の面の上で手に染めたのが日台分断です。

馬英九政権が発足した直後の2008年6月、尖閣問題で反日騒動を起こしました。日本の領海に台湾の遊漁船が侵入し、出動した海保の巡視船とぶつかって沈没したためです。馬英九さんは中国による尖閣周辺での動きには抗議しませんが、あのときばかりは、「日本との一戦も辞さず」と息巻いたのです。

 当時の福田政権はすごく焦りました。なぜなら、馬英九が中国と反日連合を組むことが懸念されたからです。少なくとも中国はそれを望んでいました、なぜなら中国にとり尖閣問題は中国統一に有利だと見ているからです。

「尖閣諸島は台湾の一部であり、台湾は中国の一部である」という一点で、中共と国民党は一致しています。そこで共に反日をバネに中華民族主義を高め、一体化を進めるというのを中共は狙っているのです。「これに馬英九が呼応したらどうしようか」と福田政権は考え、謝罪しました。その後の安倍政権も、そのような動きを恐れ、尖閣を巡る日台紛糾の種である漁業権の問題を解決しようと、日本の漁師さんの権益を犠牲にしながら漁業協定を結びました。そこまでやらなければならないほど、日本側には危機感があったわけですね。

 それから、ご存じのとおり、馬英九政権が退陣する直前の今年4月に沖ノ鳥島周辺の我が国のEEZで、台湾漁船が拿捕されました。なぜあそこに向こうの漁船がいたのか。実際には台湾からよく入って来るらしいですが、そのようなときに海上保安庁は、「これから取り締まりにいくぞ」と台湾政府に通告し、それで漁船は引き揚げるという暗黙の了解があるそうです。ただ今回2隻だけ逃げなかった。なぜなら台湾政府がそれらにだけは「逃げる必要はない」と言ったためで、それで1隻が拿捕されてしまったということらしいです。これは反日騒動を誘発したい国民党の罠だったのでしょうか。

 それはともかく、この拿捕を受けて馬英九は、沖ノ鳥島は島ではなく岩礁であって、EEZは設定できないと言い出した。沖ノ鳥島という地名も「沖ノ鳥礁」に変えた。そういう反日をやったのです。

 ただ、ここで忘れてはならないのは、最初に「あそこは岩であって、EEZは設定し得ない」などと言いがかりを付け、「沖ノ鳥礁」と命名したのが十数年前の中国だということです。なぜそう言いだしたかというと、あの国は沖ノ鳥島周辺で海底調査をやりたかったが、日本のEEZの場合日本の許可が必要になるからです。

 沖ノ鳥島は第一列島線と第二列島線の間に広がる西太平洋海域のちょうど真ん中に位置します。しかもそこは、グアムの米軍基地と台湾とを一直線に結びますと、その線上のちょうど中間点にもあたります。さらに言えば、中国の北海艦隊と東海艦隊が西南諸島を突き抜けて西太平洋に真っすぐ進むと沖ノ鳥島周辺に行きます。また南海艦隊もバシー海峡を抜けて、まっすぐ西太平洋に進入するとやはりそのあたりで北海、東海艦隊と合流することになるのです。

 そこで中国は台湾攻略の際、台湾救援のために出動する米軍に対し、この海域での潜水艦配備や機雷敷設によって接近を拒否しなければならない。そこで、その準備のために、中国は海底調査を行ったのです。そしてその際に日本のEEZを否定した。台湾侵略の準備としてです。ところが今回馬英九は、その中国と同じことをやり、日本に台湾に対する不信感を与えたのです。

 なぜなのか。それは、中国を喜ばせたいからではないでしょうか。反日の主張で歩調を合わせると言うだけでなく、今後親日反中路線を進むとされる蔡英文新政権に反日の火種を残し、それを継承させ、そのことで中国から評価されたいという個人的な思いが馬英九にあったのではないかと思うわけです。

 このように馬英九政権は反日で始まり、反日で終わったわけですが、その間にも反日ナショナリズムを煽ろうとしたことがあります。

 それは歴史教科書の書き換えです。台湾の高校の歴史教科書は中国や韓国と違って、反日ナショナリズムを煽ったりせず、事実は事実として記載してきました。日本統治時代についても、好いことも悪いことも書く。ところがこれまで反日を梃子に中華民族主義の高揚を図ってきた中共や国民党から見れば、これは中華民族主義を忘れた植民地美化の媚日教科書だということになるわけです。

そこで馬英九政権は学習指導要領を書き換えた。「少し問題点があるから微調整する」と言いながら密室作業で大幅改定をやりました。そして、日本統治時代という呼称は、「日本植民統治」に変えた。要するに「日本は中国の領土である台湾で不法な植民地支配をやったのだ」と強調し、「台湾は古来中国の一部なのだ」というイデオロギーを台湾人に押し付けようとしたわけです。

 それから、いま中共は「南京虐殺」とともに「慰安婦強制連行」という反日ネタを掲げていますが、これも導入した。もともと慰安婦に関する記述はありましたが、これに「強制連行」をくっつけました。このようなことが日本でも報道されましたが、実際の教科書の改悪はまだまだいっぱいあります。たとえば、「台湾は古来中国の一部」「台湾人も中華民族として抗日を行った」と強調するため、さまざまな歴史捏造がなされました。あるいは、中国を「中国大陸」と書き換えたり、二二八事件を少しゆるやかに描いたり、白色テロを記載しなかったりと、国民党に有利な、中華民族主義に有利な捏造をやりました。

 もちろん、このような洗脳教育の試みに対しては民進党や民間からは反対の声が上がりました。そして着目すべきは、台湾の全国の高校生が抗議に立ち上がったことです。ひまわり学生運動で大学生が国民党に抗議したのと同じように、今度は高校生が立ち上がって反対しました。すごかったですよ。偉いと思いました。

 ところが、国民党政権は何を言ったか。要するに「脱台湾、中国化だ」という批判に対して、「そんなことはやっていない。ちょっと反日をやっただけ。反日やることで逆に台湾の自主性が高まった」などとうそぶいていました。

 このように台湾の中華民族化を図ろうとした。そしてそれとともに日台分断も図ろうとした。これでは国民党はまるで中共の代理人と変わりません。そして実際に国民党は中共の指示を受けていたとの疑いも持たれています。

中国軍に台湾工作担当の辛旗という少将がいます。普段は民間学者の顔をしていますが、反国家分裂法の起草にも携わった強硬派ですが、この人物が学習指導要領の改変に関わっていたことが早くから指摘されてきました。そして最近、本人がそれを認めたのです。「私が馬英九政権にそのようにアドバイスしました」と。

 国民党政権の国家安全会議の秘書長に蘇起という人間がいます。「92年コンセンサス」を作り出したのがこの人間です。それから、王暁波という学者がいます。この人は国民党よりも思想的には中共に近い中華民族主義者です。この人が今回の指導要領改訂の指揮を執ったのですが、辛旗少将はこの2人を通じ、馬英九に対して「学習指導要領を何とかした方が好い。このままでは台湾独立思想が子供達にどんどん広がってしまう」と伝えたそうなのです。たしかに今回の歴史教育の改悪の動きを、中共は懸命に支持して来ました。


(7)

現在、中国の拡張の動きを前に、第一列島線上の日本と台湾の団結が求められている。中共は何とかこの団結を崩し、分断したい。そこでそれに呼応するために馬英九は、台湾の総統でありながら、日台分断の動きを見せたのだと思うわけですね。そういう意味からも、アジアの平和を願う日本人としては、今回の台湾の政権交代を喜んで好いのではないかと思います。

 蔡英文さんは5月20日の総統就任後、まず第一に改訂された学習指導要領の廃止を決定しました。脱台湾親中国の教科書は今後廃止されます。それから沖ノ鳥島は岩であるとの見解も取り下げました。これから日本とは海洋のいろいろな紛糾があった場合、ちゃんと対話ができる制度を確立する方向で日本とは話がついていることも明らかにしました。

 彼女の就任演説を聞いていますと、やはり「92年コンセンサス」を認めるとは言わなかった。そしてその一方で、「日本やアメリカあるいは欧州など、普遍的価値観を共有するこれらの国々との協力関係を深めていきたい」と言いました。いままでは、中国一辺倒で日米同盟をハラハラさせましたが、そのような懸念を払拭させるかのように、はっきり表明しました。

 それから、もう一つ、いままで中国市場ばかりに傾斜していた状況を改めるために、「新南向政策」というものを打ち立てました。昔、李登輝さんの時代に、投資を中国に集中させるのは危険だとし、ASEANへの振り向け、つまり南進を呼びかけたのです。ただ「南進」というと日本時代の南進を思い起こさせるということで、南向きの「南向」に改めた。ただこの南向政策は結局は失敗してしまいましたが、今度の新南向政策は単に投資先というだけでなく、文化面も含むさまざまな面での関係強化の対象としてASEANやインドとの交流を深めていこうというものでが、これは安倍政権の中国包囲網構築の動きとまったく合致するわけで、日台の連携も必然的に進みそうです。

 だから中国は蔡英文政権の外交政策には相当警戒していると思います。

 それから、日米同盟、先ほども言いましたが、やっぱり口には出しませんが、台湾との関係強化を求めているわけです。アメリカもアジア回帰があって、昔の陳水扁の民進党政権にはアメリカは冷たかったけど、いまは違いますよね。蔡英文さんに対しては、とても温かい。やっぱり期待が高まっているわけですね。

 そう考えると、今後、日本人のおおかたが懸念したのとは逆に、東アジアは蔡英文政権の発足で、もしかしたら安定の方向に向かう、あるいは中国の脅威に対する抑止効果の拡大の方に向かうと考えていいのではないかと思うわけです。

 たとえば、蔡英文さんは「一つの中国」を認めなかったが、それで予め懸念されたように、中国は緊張を高めたでしょうか。

 どうも中国は強く出にくいようですね。いまは南シナ海の問題で、日米同盟、ASEANとの対峙で手一杯ではないでしょうか。東シナ海の尖閣問題にしても、なかなか手が回らない状況ですよね。いま台湾問題を巡って緊張を高めても、とても対応しきれない。日米同盟が関与を強めて来るだけです。だからこの時期に台湾に関して波を高めたくないと言うのが習近平指導部の本音ではないでしょうか。

 ということは、日米同盟は台湾問題においても、しっかりと抑止力を発揮しているということになるでしょう。馬英九政権の台湾は、日米同盟にとっては懸念材料でしたが、今は違う。蔡英文政権はその誕生自体がアジア太平洋地域の安全への貢献になっていると思います。

 ですから、あとは、いままで親中国のマスメディアに振り回され、惑わされてきた国民はしっかりと台湾を理解し、日台関係深化、強化の後押しという方向で、世論を作っていかなくてはならないと思うわけです。

 いま台湾は中国とは無関係の台湾人の国を作ろうとしているわけです。そのような営みを、われわれは見ていかなくてはならないわけですね。中国が嫌がる現象だから、マスメディアがちゃんと伝えたがらないかもしれませんが、われわれはそういったことを理解して行くべきです。なぜかというと、いま日本と台湾は中国の脅威にさらされていますが、その日本と台湾にとっての武器は日米同盟や台湾軍だけではないのです。東日本大震災以降、日本人と台湾人に顕著に見られる良好な感情的な繋がりもまた強力な武器になるのです。

 昔から、台湾人は世界で一番親日と言われてきましたが、東日本大震災以降は、日本も世界一親台湾の国になっていますよね。一昔前、多くの人が心配していたのは、「台湾で日本語を話せるおじいさんたちの世代がいなくなったら、日台関係はどうなるのだろう。この人たちがいるから、日本がどんなに台湾に冷たくしても、日台関係は持っている。しかし若い世代は日本語がわからない、日本のことも知らない。日台関係は普通の外国同士になってしまうのではないか」ということでした。

 ところが、まさか今日のような状況になるとは、二十年前なら想像もつきませんでした。日本でも戦前を知らない戦後育ちの人たちが、逆に戦前生まれの人たち以上に台湾を大好きになってしまって、台湾に信頼を寄せているわけですから。このような状況がせっかくあるのだから、それを活かさないわけにはいかないのです。日本と台湾の子どもたちの未来のためにも。

 そして、もう一つの問題は、台湾にはまだ日台分断を望む中国に呼応する政治勢力がいるということ。

 それから日本にも同じような勢力がいるということ。いま、平和安全法制反対を叫んでいるマスメディアと野党はその人たちです。中国とは武力ではなく話し合いをと、馬英九と同じような無責任な主張をやっていますね。靖国神社参拝に反対するなど、中国に迎合しているのもあの勢力です。台湾に対しても、日本に対しても、それほど中国の分断工作が浸透しているわけですから、そのような勢力とも、われわれは戦っていかなければならないということですね。

 それから、最後にもう一つ。この協議会の会員の皆さんが関心は、他の周辺諸民族の解放の問題にあるわけですが、台湾の人たちは国外問題に比較的に関心が薄く、このような民族解放の問題を知らない人が大勢います。しかし話せばすぐに関心を示すと思います。なぜならば、彼らも中共の脅威にさらされ、同じ境遇の他の民族を理解できる。それから、もう一つは、困った民族を見ると助けたくなるというのが台湾人の性格なのですね。中国人とは異なる南方系のDNAが働きますので。

 同じように日本もそのような気持ちを持って、日本と台湾が中国の東側でアジアの平和、諸民族の独立の声を上げるようになれば、それは中国西側の諸民族を励ますこともできるし、それから世界の人々も二つの東アジアの民主主義国家の訴えに耳を傾けないわけがありません。日台さえ声を上げれば、きっと世界が呼応することになる。
 民進党政権は国民党政権と違い、アジア諸民族の問題に関心が強い。そうした点にも着目し、今後それとどう連動することができるかも考えてもいいのではないかと思います。以上です。どうもありがとうございました。

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏質疑応答

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏登壇したイリハム・マハムティ副会長

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏司会 古川郁絵


【動画】

第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」講師 永山英樹氏
https://www.youtube.com/watch?v=t5gYX57_XZw

2016年6月19日に東京、代々木で開催されたアジア自由民主連帯協議会 第20回講演会「台湾蔡英文政権と日本」の動画です。

※告知より
https://freeasia2011.org/japan/archives/4692
 今年1月の台湾の総統選挙で当選した、民主進歩党の蔡英文主席は、就任演説で、日米や欧州など「共通の価値」を持つ民主主義国との「全方面の協力」を進める考えを示しました。
 台湾における新政権の誕生が、今後、中国の覇権主義といかに対峙していくのか、アジアの民主化の拡大とどうつながるのかが注目されます。新しい台湾の姿、そして今後の日本と台湾との連携の在り方などについて、台湾研究フォーラムの永山英樹氏にお話しいただく講演会を下記のように開催いたします。

・講師
永山英樹氏(台湾研究フォーラム)

・登壇
イリハム・マハムティ氏(日本ウイグル協会)

・司会
古川郁絵氏(アジア自由民主連帯協議会)

制作・協力 ラジオフリーウイグルジャパン
http://rfuj.net

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