【書評】『韓国民主化から北朝鮮民主化へ』(金永煥著 新幹社)現代韓国の「義士」がここにいる

「韓国民主化から北朝鮮民主化へ」金永煥著 新幹社 を今読んでいるのですが、いつかきちんと紹介する前に、大変感動した一文を引用します。

 金氏は1963年生まれ、かっては韓国内で左派運動家・理論家として活動しました(ただ彼自身は、1980年代の韓国民主化運動を「民主化」というよりも、はっきりと左派・社会主義思想の影響が強いものだったと本書で語っています)。彼の左翼思想が最初に大きな打撃を受けたのは1989年のソ連・東ヨーロッパの民主化で、その時は自分の思想がすべて揺らぐほどの衝撃を受けたと語っていますが(日本で正直にそういった左翼の人って意外と少ないですよ)その後、様々な思想的苦闘ののち、北朝鮮の民主化を求める活動に転じていきます。

 私はこの方を尊敬するのは、左派から「右派転向」したタイプとちょっと違って、若い時代の左翼思想への共感を決して全否定するのではなく、間違いは間違いとして、その時信じた理想を失うまいとしているところなんですよね。そして、理論だけではなく実践活動を大事にしていて、今度は中国国内で、北朝鮮内部の協力者と共に様々な地下活動を試みていきます。その過程で、2012年中国で逮捕され、約4カ月にわたって拘留され、その間拷問まで受けました。

 しかし、おそらく外交・国際問題化するのを避けたかった中国政府は、金氏に判決を下したうえで韓国に送り返すことにします。その判決文は、「国家安全危害罪」で金氏を追放し、中国への再入国を一定期間許さないというものでした。この判決に異議はないですね、という形式的な問いかけに対し、金氏は、そのような判決には異議がある、同時に、自分は中国政府と国家安全部に次の3つの事項を要求する、と述べました。

 「第一に、私に対して拷問したことに対して、謝罪してください。あなた方は、調査の過程で『眠らせない拷問』や『電気拷問』など、人権国家では想像もできない拷問行為を行いました。それに対して謝罪してください。」

 「第二に、北朝鮮民主化運動を侮辱したことに対して、謝罪してください。私個人に対する侮辱にはいくらでも我慢することができます。しかし、私たちの北朝鮮民主化運動が名誉と権力のためであるとか、全く必要がない無駄な行動であり、他の国の情報機関の走狗としてやっている運動であるなど(中略)私たちの運動を卑下し侮辱したことについて謝罪してください。」

 「第三に、北朝鮮民主化運動の過程で犠牲になった人たちを侮辱したことに対し謝罪してください。私たちの運動に参加し支持してくれた方の中には、残念ながら北朝鮮政権によって犠牲になった方がいます。中国国家安全部の捜査官は(中略)何の意味もない死であるなどと、彼らの犠牲を侮辱しました。これに対しても明確な謝罪を求めます。」

 私は思想的立場や歴史観でどれほど金氏と意見が違おうと、この方は韓国の「義士」であろうと思います。

 そして、私がこれまであまり好感を持てなかった黄長燁氏が、韓国亡命後金氏に語った言葉は、彼の最も純粋な面が出ているように思いました。金氏が韓国の情報院に対しこれまでの運動への一種の自己批判文を書く時に、黄氏は「国家情報院を相手に書く反省文と考えず、時代と歴史を前にして書く反省文だと思って」書くようにと語ったのです。この一言は、おそらく金氏への励ましとなったはずです(三浦)

.