【第55回・動画あり】講演会報告 「ウクライナ戦争と日本」 グレンコ・アンドリー氏


当会主催にて5月24日に行われました国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏の講演会「ウクライナ戦争と日本」の動画です。

グレンコ・アンドリー氏 講演会報告

 5月24日、東京神田の会議室にて、ウクライナ人国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏による講演会が開催されました。参加者は約30名。

 グレンコ・アンドリー氏は、まず、今回のウクライナ戦争において、大切なことはデマに惑わされないことだと述べました。例を挙げれば(1)今回のロシアのウクライナへの侵攻は、NATOの東方拡大がもたらしたものだというもの。(2)旧ソ連でカラー革命と呼ばれる民主化の動きが起き続けているが、これはプーチン政権を倒すための国際的な陰謀だというもの。この二つは、いずれも全くの誤りだと指摘しました。

まず、NATOが何らかの統一意思を持って行動しているわけではない。現在ウクライナが参加できていないように、NATO加盟はもともと大きな制約があり、参加基準を満たしてやっと参加できるシステムを持っており、NATOの積極的な拡大があるかのような意見は間違いである。現在の北欧のNATO参加は、むしろ、ロシアの侵略によって加速された面があり、本来、ロシアに覇権主義や他国への圧迫こそがNATOの必要性を高めているのだと述べました。

むしろプーチンが恐れているとしたら、NATO拡大によって、ロシアの侵略がしにくくなることを恐れている。今、NATO参加を決意したフィンランド、バルト三国などを観ればわかるように、NATOに参加したい国はロシア(ソ連)に勝って侵略された国々が、防衛を求めて参加していることを忘れてはならないと述べました。

また、カラー革命については、例えばジョージアのバラ革命は、2003年の議会選挙の結果がきっかけとなってエドゥアルド・シェワルナゼ政権が退陣し、翌年3月に行われた議会再選挙ののちにミヘイル・サーカシュヴィリが大統領に選出された事例だけれど、サーカシュヴィリはもともと進路であったし、現在は独裁化を強めている。ウクライナのオレンジ革命は、2004年の大統領選挙の結果改ざんが問題になって起こったもので、野党指導者ヴィクトル・ユシチェンコがヴィクトル・ヤヌコーヴィチを破って政権の座に就いたが、この政権はロシアと関税同盟を結ぼうとして、ロシアとの併合を進めようとしていた。カラー革命が反プーチンというのは陰謀論にすぎないと事実に即して述べました。

そして、陰謀論とは言えないけれど、ロシアがウクライナの地下資源を狙っているとか、黒海の港を求めているから今回の戦争を起こしたという意見があるが、これも二次的な原因にすぎない。今回の戦争は、プーチンの政治信念に基づいた行動であると指摘しました。

その政治信念とは、プーチン自身が論文の中で語っているけれども、まず(1)ソ連崩壊は間違いだった、独立した諸国はロシアにとって「奪われた領土だ」というものであること。(プーチンは、ソ連崩壊は「20世紀の大惨事」とまで述べている)国を奪われ、外国に頼らざるを得なくなった不幸なロシア人は被害者であり、奪われた領土を取り戻すのは当然のことだという意識だ、とグレンコ氏は分析しました。

さらに、ウクライナ民族とロシア民族は一つの民族だ、という強固な意識をプーチンは持っている。これは全く根拠のないことで、ウクライナとロシアでは、言語、文化、歴史、みな異なっているのに、プーチンは、ロシア帝国時代、ロシア、小ロシアことウクライナ、そしてベラルーシは「一つの同じロシア、ロシア民族」だという、全くの妄想を抱き続けている。

そして、ロシアの戦争目的は、ウクライナの完全な全土併合であり、しかもプーチンと彼を支持する勢力は、この戦いは正しいことだ、戦わねばならない戦争だと信じ込んでいる。だからこそ、本当は非合理でロシアにとっても政治的な不利に彼らはあえて踏み込んだ。そして、ゼレンスキー大統領はもともとロシアとの妥協派であり、バイデン大統領も穏健な立場なので、プーチンは最初のうちは政治的取引や圧力だけでウクライナを抑え込もうとしたが、それが不可能と判断して、これ以上時間が経過すればウクライナがより西欧に接近する、その前にウクライナを占領しようとしたのが今回の戦争の本質だとグレンコ氏は指摘しました。

そして、この戦争で、最初はプーチンは電撃戦で首都キーウを陥落させようとしたが、ウクライナ軍と国民の組織的抵抗で失敗し、現在は、各地域を一つ一つ選挙していく方針に切り替え、特にウクライナ東部における攻勢を中心としている。その過程でロシア軍による様々な虐殺行為が起きているが、これはロシアは先述したように「ウクライナとロシアは一体」と信じているので、それに逆らう、ロシア支配を受け入れないウクライナ人は虐殺、抹殺の対象となっている。

日本には一部、民衆の犠牲を増やさないためには早期にウクライナが降伏した方がいいという論者もいたが、もし、降伏をして占領されたら、ウクライナ全土は収容所と同じになる。そして、抵抗する意思を持ち続けるウクライナ人がすべて粛清対象となるだろうし、残った人々は洗脳され、「ロシア人化」されるだろうとグレンコ氏は述べました。そして、この戦いはウクライナ民族の生存をかけた戦いであることを理解してほしいと強調しました。そして、今回の虐殺に見られるようなロシア軍の残虐性は、第二次世界大戦における独ソ戦の時期から明らかになっている。ドイツにおいてロシア軍が行った虐殺やレイプは、正当化できるはずはないが、まだしもドイツもソ連占領地でひどいことを行ったということも理由の一つにあるかもしれない。しかしソ連は、東欧諸国、ポーランドやチェコでも同じ虐殺を行い、傀儡政権を立てて抑圧体制を敷いてきたことを忘れてはいけないとグレンコ氏は述べました。

そして、今回のウクライナ戦争は長期化するだろう、国際社会に何より望みたいのは、ウクライナに侵略者と戦うための武器を供与し続けてほしいこと、そしてロシアに対する制裁を継続してほしいことだとグレンコ氏は述べ、特に、現在行われつつあるロシア石油だけではなく、ロシアの天然ガスを買うことを拒否してほしい、そうしてロシアを追い詰め、情報統制下にあり、この戦争を正しいと思い込んでいるロシア民衆が、現在のプーチンの政策が間違っていることを気づかせない限り、この戦争は終わらないとグレンコ氏は覚悟を語りました。

そして、今回の戦争では、正直、最初のうちは西側諸国も、おそらくウクライナは充分な抵抗ができないと判断したのか、対戦車ミサイルなどの武器しか送らず、続いても旧ソ連製兵器などを送り、ウクライナの抵抗が本格化し、ロシアの進撃を止めたことがわかってやっと西側の最新兵器が届くようになった。正直、ウクライナに勝つ見込みが出てきてから武器支援の水準が上がったとグレンコ氏は述べ、国際社会の現実として、侵略された国が本気で戦い、侵略者を撃退しようとしなければ、国際社会が本気で助けてくれることはない、そのことは日本も忘れてはならないと述べました。

その意味ではアフガニスタンが典型例で、タリバン軍に対しほとんど抵抗しなかったアフガニスタン政府は簡単に敗れ、アメリカ軍も引き上げてしまった。日米安保があるといっても、日本がまず自国をしっかり守り抜く意思と軍事力を持たない限り、真の意味で祖国を守ることはできない。日本は防衛力を強化し、かつアジアの民主主義国として、アジアの民主主義を独裁国、覇権国から守り抜く意思を持つべきだと述べました。

さらにグレンコ氏は、今のロシアは、本来、ロシア帝国が解体し、またソ連が解体した時に、アジア諸民族を含め独立する権利を持っていたのに、ロシア帝国崩壊時はレーニンの共産党が、ソ連解体時はやはりロシアの指導者たちが「ロシア連邦」という支配の枠組みを維持し続けた。本来、アジア諸民族を含め、独立する権利を持っており、そのチャンスは、今回のウクライナ戦争で自由民主主義国が団結しロシアを敗北に追い込めば必ず訪れる。その際には、(1)ロシアの完全な非核化(2)ロシア諸民族の民族自決権確立を実現し化ければならない。それはアジアにおける、中国に今抑圧されている民族の独立や、アジア全体の民主主義の確立にも大きくつながるはずだと述べて講演を終えました。(文責 三浦)

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