【第61回】協議会講演会報告 ペマ・ギャルポ「ダライラマ法王特使の回顧録から」

アジア自由民主連帯協議会講演会報告
ペマ・ギャルポ「ダライラマ法王特使の回顧録から」

 3月25日、東京赤坂の会議室にて、「ダライラマ法王特使の回顧録から」と題されたペマ・ギャルポ会長の講演会が行われました。参加者は約30名。

 まず、ペマ会長から、この3月インドを訪問してきたこと、そしてインド国際センター(国際文化会館)にて、現代日本の政治状況や外交について話をしてきたことから講演を始めました。

 そして、現在のインドは高度経済成長の中、経済的にも反映し政治的にも自信を持ち始めており、かっての非同盟諸国のリーダーであった時代を再現しようという意思も感じると述べました。インドはG20の議長国、そして現在日本もG7の議長国で、ともに連携してやっていこうという気持ちもインドでは高いと、ペマ氏は日印関係がさらに深まる可能性に期待できると述べました。

 今インドでは、中国との関係に対するたくさんの本が出版されており、習近平政治の研究などを読むと、インドが中国に今後対峙していく姿勢であることがよくわかる、また、安倍首相とモディ首相との間の外交面での連携、最近の日印・印米軍事演習などについての書籍も次々に発表されており、日本でもぜひ翻訳、紹介されてほしいとペマ会長は述べました。そして、インドは、世界的な主導国としてやっていく自信を持ち始めており、モディ首相の対米外交も成果を上げている、また、インドの凱旋門にかっておかれていたジョージ5世の銅像の台座上には、現在チャンドラ・ボースの銅像が建てられており、今後日本とインドがますます強固な関係を持つべきだとペマ会長は指摘しました。

 そして、本質の講演の主題である、ペマ会長の兄でもあり、ダライ・ラマ法王の特使でもあった、ロディ・ギャリ氏が昨年出版した本について説明を始めました。本の題名を直訳すれば「チベットが再び独立することを願って 生涯を通じてダライラマ法王特使の回顧録」という意味になるけれども、本書には、ダライラマ法王のお言葉や、世界の様々な有識者からメッセージが送られており、いくつかの書評も発表されていると述べました。

 この本には、自分のチベット、ニャロンにおける生い立ちに始まり、曾祖父からの歴史、そしてチベット難民時代から生涯をたどる色々なことが書かれているが、正直、自分としては、やや、ここまで書いていいのかな、と思うような記述も多々あるとペマ会長は述べました。

 まず、亡命後も、チベット社会は、台湾の国民党から中国共産党に至るまで、様々な分断工作を行ってきた。それにより亡命チベット人社会の中にどのような紺頼が起き、それをいかに克服したかも書かれている、とペマ氏は述べました。

 そして、兄は16歳の時、突然亡命チベット人の学校から姿を消した、当時の自分は、兄が勉強が苦手でいなくなったのかと思っていたけれど、実は兄は英語がある程度できたので、CIAで通訳の仕事を(もちろん英語の特訓を受けた後)していた。そして、当時の亡命チベット人は、インドで約12000人の国境警備隊を編成していたけれど、これは事実上のチベットゲリラで、その訓練のためにも、兄は通訳として働いていたと述べました。

 チベット人の新聞の発行、また、ニューデリーでのインドのチベット議連の事務局長など色々な職を兄は務めるとともに、アメリカと中国が接近し、チベットゲリラへの支援が断ち切られた時、そのゲリラ部隊のインド軍編入などでもインド側との交渉役を務めたと述べました。そして、兄はアメリカやインドに感謝するとともに、その外交政策に対しては様々な批判も述べており、チベットゲリラ内部の対立や矛盾もすべて書いている、とペマ会長は述べました。そして、自分としては亡命チベット人の内部事情や対立に関しては、ここまで厳しく書かなくてもいいのではないかと思うほど、赤裸々に自分たちの問題点も明かしていると述べました。

 そして兄はチベット人の、宗派や出身地域の相違を乗り越えた団結組織を作るためにチベット青年会議を結成、政治・経済システムとしては民主社会主義の立場をとり、アジアにふさわしい政治経済のシステムを考えようとしたことをペマ会長は指摘しました。そして兄はチベット亡命政府を去った後は、チベットの国会議員や外務大臣を務め、さらにはチベット仏教の伝統や特色である輪廻転生と活仏制度についてもこの本では触れられている、また、中国政府との交渉、バングラデシュ独立運動とチベットのかかわり、ダライラマ法王のノーベル平和賞受賞の過程と内幕など、様々な貴重な証言がなされており、歴史的にも貴重な文献ではないかと思う、と、兄、ロディ・ギャリ氏の遺著の意義を説明して講演を終えました。


ダライラマ法王代表部日本事務所ホームページから
チベット亡命政権特使は語る—— 「中国の指導者はチベット問題解決のために大胆なビジョンと勇気が必要」
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(2010年9月17日 ロディ・ギャルツェン・ギャリ)

(中略)

私は、過去30年にわたり、ダライ・ラマ法王の名代として、中国側の指導者と話し合いを行ってきました。この間に断続的に取り交わされた対話を通じ、私は和平と和解に向けた道を目指す、チベット民族の願いとダライ・ラマ法王の考えを中国の指導者に伝えようとして参りました。

そうしたあいだに、中国政治の構造と性格が大きく変わったのを目撃してきました。鄧小平は圧倒的な大胆さを持っていたし、胡耀邦は政治的手腕に長け、寛容の心で政治を行いました。それから比べると、最近の指導者は、制度の縛りに縛られ、自らの行動に自信がないように見受けられます。

中長期的なビジョンを持つ指導者がいたとき、中国は、国民の利益を守る政策を採ることで、国家の一体性が強まり、その結果、国際的なイメージを向上させました。

中国政府のチベット問題に対する姿勢は、(今、政府が推進している)調和の取れた社会の建設と、中国の対外イメージに、直接の影響を及ぼすものであります。

自らの任務を通じ、私は、中国政府のチベットに対する現状の姿勢の裏にある考え方を理解しようと努めてきました。私が理解したのは三つの考え方です。一つは、中国は大国化しつつあり、すべての民族は、自分たちの将来のあり方を考えるとき、この中国の新たなあり方に自らを合致させなければならない——とする考え方です。

こうした考えを持つ人々は、チベット民族のアイデンティティを無視し、それを取り崩していこうとしているようです。中国政府は、チベット居住地域で人為的な安定が保たれているのを見て、チベット民族は、こうしたやり方に同意しているのだと思っています。しかし、チベット民族は、現状に満足しているから大人しくしているのではありません。彼らの沈黙は、むしろ、絶望と苦々しい気分から来るものです。この絶望は、今も続く抑圧のなかで、さらに深まっています。はっきり言えば、将来の暴力と不安定の種を撒く、嵐の前の静けさ——といえます。

もう一つの考え方は、中国政府はチベット地域の経済の改善に注力するべきで、それに成功すれば、チベット民族の不満は解消し、チベット問題そのものが雲散してしまう——というものです。

これも非常に視野の狭い考え方といえます。公式の統計を見ても、チベット民族が経済発展から取り残され、社会の最下層に位置しているのは事実であり、当然のことながら中国政府はこの問題に取り組むべきです。

しかしながら、チベット民族は独自の文化に高い誇りを持っており、こうした誇りが、新生中国の発展にも貢献してきたことは、チベット問題に詳しい中国人学者や専門家が指摘するとおりです。

チベット民族の文化的・宗教的アイデンティティは、それにふさわしい場所を与えられて、自らのあいだで、開花し、繁栄するべきであります。民族アイデンティティの実現は、どれほどの善意に基づいていたとしても、経済発展のみで達せられるものではありません。

独自の文化に対する配慮の欠けた経済発展政策は、チベット民族の反感を強めるだけです。チベット居住地区全体で2008年に起きた抗議運動は、チベット民族から中国人指導者に向けて、このことをはっきりと伝えたメッセージに他なりません。

第三の考え方は、ダライ・ラマ十四世の逝去を待っていれば、自然とチベット問題は解決する、というものです。この考えの根底にあるのは、リーダーシップと明確な方向性を欠いた運動は、そのうち分裂し、実効性を失っていくものだ、とする推論です。

こうした考えは、多くの理由から間違っており、中国の将来のために必ずしも生産的ではありません。この考えに与する人々は、今日の世界で、運動の分裂は必ずしも実効性の喪失にはつながらない、ということを理解していません。求心力のある指導者がいなくなる、ということは、運動が過激化し、方向性を予見できなくなる、という点で、リスクは逆に大きくなるのです。今日のチベット運動の指導者、ダライ・ラマ十四世亡き世界においては、チベットの政治運動は消え去るどころか一層複雑化し、そのプロセスは管理困難なものとなるでしょう。(後略)

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