4月15日午後2時半から、東京お茶の水の会議室で、脱北者、金明俊氏の講演会が開催されました。参加者は12名、
金氏は1978年、北朝鮮の金策という町で、帰国者の夫婦の家に生まれました。子供のころの記憶で一番明確に覚えているのは、日本にいる父親の親せきの在日朝鮮人が、親族訪問で訪ねてきてくれた時のことでした。日本からお金や物品を持ってきてくれた親戚がいることが、当時はとても誇らしく、そのころから日本への関心がわいていたと金氏は言います。
その後、両親が一時期別居し、金氏と妹は親せきに預けられ、また学校でもいじめにあうなど、いろいろと辛いことがあったようです。しかし、特に金氏が嫌だったのは、中学校での「生活総和」でした。1週間に一度、一人一人の子供が、クラスの全員の前で、この1週間の自分のあり方を「自己批判」することを強制されます。そして生徒たちはそれに対し厳しく「批判」する。金氏はこれが嫌で嫌でたまらず、結局、登校拒否になってしまいました。
金氏は、このように子供時代から、各自が批判しあうことを進んでやらせることで、北朝鮮の人たちは無意識のうちに、お互いを監視し、信じないようになってしまう、これがあの国の本質だと付け加えました。
そして、金日成が死んだときに、学校では何日も、夏の暑い盛りだったのに校庭に生徒たちは立たされて哀悼することを強制され、日射病で倒れてしまう子供もいた。しかし、金日成は絶対死ぬはずがないと思い込んでいる人もいて、ある意味、金日成は北朝鮮国民にとっては信仰の象徴でもあったと金氏は語りました。
そして、80年代からすでに食べ物は足りなくなってきていたけれど、90年代、特に金日成の死後から食糧配給も完全に止まり、自分の住んでいた町でも餓死者が出るようになったと金氏は語りました。しかし、同時に、国民も生きていくためには、様々な市場(北朝鮮では「チャンマダン」と呼んでいました)を作り、戦後日本の闇市のようにものを売り買いするようになりました。そして、金氏自身も、中国との国境に行って、はいってきたアメリカや香港映画のビデオなどを買い、それをコピーして売るなどの商売をして生きていくことになります。
本来はこのような商売は犯罪なのですが、ある意味北朝鮮では、賄賂を警察に渡せばなんでもまかり通るような世の中になりました。そして、金氏もあるトラブルから人を傷つける事件を犯してしまうのですが、それも、賄賂によって解決したこともあります。そして、様々な商売を行っているうちに、ついに金氏は密告され、逮捕されてしまいました。
そして、留置場の中で、金氏と同じ囚人が処刑されるのも観ています。その人は自分の判決すら知らされていなかったようなのですが、午前五時ごろ、いきなり警官が訪れ、他の囚人に、全員は後ろを向いて壁に手をついていろ、と命令し、その男を処刑のために手錠をかけようとした。彼が暴れると、警官は手錠の上から殴りつけ、手は血まみれになり、そしてはっきり見たわけではないけれど口も殴られて歯が折れたようだった。その人はそのまま引きずり出され、処刑されてしまったと金氏は語りました。
そして、金氏は入れられた刑務所で、厳しい労働と乏しい食料の中3年間を過ごします。釈放された後は絶対に脱北することを決意し、ブローカーの助けを借りて韓国に行きました。その後、妹や母親も脱北、元帰国者の家族として、いま日本の大阪に住んでいます。
金氏は北朝鮮について、あくまで自分が生きていた範囲内だけれどと断ったうえで、次のように述べました。
まず、「苦難の行軍」と言われた90年代でも、市場ではそれなりにモノがあふれていたし、裕福な人は飢えていたわけではない。自分が商売にしていたビデオを買うような人は大体そういう階層で、特に困ってもいなかった。北朝鮮の食糧危機や飢餓というのは、本質的には政治や社会体制の問題だと思う。
中国の朝鮮族が商売のために北朝鮮に入ってきて、ビデオをはじめとしていろいろなものがもたらされたことで、ずいぶん北朝鮮国民の意識は変わった。顕著だったのは、それまでは人前で手をつなぐこともしなかった男女が、割と自由な恋愛をするようになったこと。
北朝鮮では、男は18歳から10年間も軍隊に行く、その間は仕事もろくな勉強もしないのだから、社会が良くなるはずもないし、民主主義など実現するはずもない。
北朝鮮では、女性の方がたくましく商売をして生き抜いた。しかし同時に、北朝鮮ほど女性の人権が守られていない国もないと思う。女性たちは、ある町の特産物を別の町に運び、そこで物々交換をしながら商売をしていったが、その過程では、警官に見過ごしてもらうために身を売ったり、またさまざまなひどい目に合う人もいた。
これらの内容を語ったのち、質疑応答が行われ講演会は閉会しました。
金明俊氏は、晩聲社から下記の著作を発行しています。興味のある方は是非お読みください。
アマゾンのレビューから。
「本書著者は現在日本在住の脱北者で、青年時代を北朝鮮で過ごした回顧録というべき内容だが、結果として、金日成死後、飢餓と社会秩序の崩壊した北朝鮮社会の実態と、その中での民衆心理の貴重なドキュメントとなっている。正直、著者はあえて言えば「半グレ」というべき家出少年で、様々な闇商売に手を出しながら、恋人の親の財産まで盗み出しては(一応理由はあるけどやっていいことじゃないだろう・・・)生き抜いてきた。その挙句、裏切られて刑務所や収容所を体験するのだが、奇跡的に生き残る。そして著者の一見めちゃくちゃな生活ぶりは、逆に、それまでの配給と統制経済が崩壊した後、原始的な物々交換から始まった、「闇市経済」が北朝鮮全体を覆ったことを示している。著者の意識を超えて、これは北朝鮮の大きな社会構造の変化の記録としても読まれていい本」