2023年7月30日に行われました、アジア自由民主連帯協議会・ウイグル文化センター共催学習会 「ウイグル古典哲学『幸福を与える智慧』を読む」の動画です。
講師:三浦小太郎(評論家)イリハム・マハムティ(ウイグル文化センター)
以下、講演会当日に配布した資料です。
幸福を与える智慧
アブドゥシュクル・ムハンマド・イミン教授による解説から
三浦小太郎(評論家)
『西南アジア研究』26号(1987年3月30日発行 京都大学文学部内 西南アジア研究会)に掲載された『中世ウイグル文化の百科事典 「クタドゥグ・ビリク」』という論稿である。これは当時の新疆大学教授、アブドゥシュクル・ムハンマド・イミンの講演原稿を翻訳したもので、ウイグル知識人の立場から『幸福を与える智慧』の意義を、世界文明の普遍性の中で解説したものとなっている。
ムハンマド・イミンは『幸福を与える智慧』が書かれた1068年の時代を次のように定義している。
(1)イスラム教が中央アジアの諸民族の中で深く根をおろしつつあり、同時に、前イスラム時代の思想と文化が融合していた。
(2)当時のカラハン朝は広大な領土を支配しており、そこでウイグルとチュルク系の諸民族が、たがいに接近、一つの民族共同体が形成されつつあった。
(3)これによって中央アジアのチュルク人たちは、軍事面、経済面において、当時勢力が衰えつつあったバクダートのアッバース朝カリフに対し大きな脅威を与えていた。
(4)定住生活と経済的繁栄により、ウイグル民族の精神文明が一層の興隆期を迎えていた。
このような文化面でも政治・経済・軍事面でも興隆期にあったからこそ、ウイグル民族の文章後は、アラブ・ペルシャ語の枠から脱出し、様々な思想・哲学・文学を生み出したとムハンマド・イミンは述べている。
さらにムハンマド・イミンは、「東洋の文芸復興」という視点を提起している。文芸復興、つまりルネッサンスは、ヨーロッパにおいてのみ興った現象ではない。
「文芸復興は、人類の文化史上におけるある特定の地域の特殊な現象ではない。文芸復興は、それぞれが、それぞれの古代史と中世史を有する種々の民族の文化の発展史上に現れる、新しい形式の融合主義的な現象である。いいかえれば、それは一種の継承と革新を経た新たな文化的高潮である。」
そしてイミンは、古代ギリシャ・ローマ、インドの仏教文化、そして中国の隋唐時代などに、様々な民族の文化が融合した偉大な文明を創造したと述べ、これらの文化的融合と興隆はすべてルネッサンスとみなすべきだとする。そして9世紀から13世紀にかけて、イスラム系の各カリフ王朝が、古代中国、中央アジア、インド、イラン、エジプト、そしてギリシャ・ローマの諸文明を融合して作り上げた「東洋のルネッサンス」が発生したことを指摘している。そして、後期の東洋ルネッサンスは、アラビアではなくむしろ中央アジアを舞台としており、そこから生まれたのが『幸福を与える智慧』であった。
イミンは、『幸福を与える智慧』についてこのように述べている。
「この書物の歴史的価値と根本的な特質は、それが人間に関するすぐれた文学作品であるところにある。まさにこの書物は、中世という条件のもとで、詩歌の形式を用いて著わされた大型の哲学百科事典であり、東洋の人文主義思想の松明である。」
イミンがここで強調するのは、宗教的権威や権力を中心とした「神聖にして侵すべからざる「帝王中心論」を脱し「人類」の視点で世界を見る人文主義こそが、『幸福を与える智慧』の本質であることだ。
「人文主義は、東洋と西洋で支配的な地位をしてている宗教的教条に反対し、人間と人間の認識の能力に関するすべての進歩的思想の成果を尊重することをその内容としている。」
「『クダトゥグ・ビリク』の作者の幸福観は、宗教的な迷信が来制の幸福を説くのとは反対に、目を現実の社会生活に向けているし、スーフィー主義者と厭世主義者たちが提唱する如く、心を清め、欲望を抑えるのとは反対に、目を知識と教育と道徳に向けている。また封建貴族たちの厭世な、堕落した幸福感とは反対に、目を人民大衆の社会的地位と国家の法制的管理体制に向けている。」
「(著者)ユースプ・ハス・ハージブから見れば、人文主義とは、人に対して人道を説くことである。言い換えれば、人道主義的手段を通じて、社会的、政治的問題を解決することである。そして、社会生活の各部門で,人間の能力と人間の尊厳を具現し、社会を人道的な社会に変え、幸福を社会的な幸福に変えることであった。この事実からもわかるように、彼は、ヨーロッパの人文主義者たちと啓蒙主義者たちよりも、はるか何百年もの前に、社会の幸福、およびその条件と原則を探求している。」
さらにイミンは、『幸福を与える智慧』が、唯一神アッラーが宇宙の第一の要因であることを認めつつも、同時に、宇宙の本源には、絶え間ない矛盾と統一を繰り返す、「土・水・気・火」の四つの要素が存在すると指摘し、これは中央アジアの諸民族の古代からの信仰に根差すものだった。このような古代精神と、イスラム信仰、そして自然科学と人文主義とを調和させたところに『幸福を与える智慧』の思想的意義があり、文芸復興の精神があった。
イミンは『幸福を与える智慧』の中に、独裁政治の否定と権力の制限、国王の支配と公正な法治の両立、斬新な進歩による社会改革に基づく立憲君主制などの近代的な政治姿勢を見出す。さらには、中国の思想における孟子の性善説も荀子の性悪説とも異なる「人間の性質は環境と道徳の収容及び教育のもとで変化」し、個人の意思と選択を重視する。「智慧とは、人間の認識の能力であり、知識とは、教育の成果であり、認識とは、無知から有知に至る過程である」イミンの読み解く『幸福を与える智慧』は、まさに1100年前に書かれた、人文主義、本来の意味におけるヒューマニズムの書というべきだろう。
イミンは論考を次のように結んでいる。これまでの『幸福を与える智慧』研究は、その多くが文献学的なものにとどまり、思想的な読み込みが不足していた。この書は普遍的な人文主義哲学として今後さらに深く研究されるべきものであり、日本を含む様々な学者による共同研究が今後試みられるべきであり、それが実現すれば「シルクロード上に形成された融合主義的国際文化の重要な段階を、今よりもなお一層明確にすることができるであろう。」