【第66回講演会報告】「台湾総統選挙と今後の中台情勢(講師・澁谷 司)」

アジア自由民主連帯協議会主催講演会報告
「台湾総統選挙と今後の中台情勢」
目白大学大学院講師 澁谷 司

 1月28日、東京赤坂の会議室にて、澁谷司目白大学大学院講師による講演会「台湾総統選挙と今後の中台情勢」が開催されました。参加者は約15名。当日配布資料に基づいて報告します。

 まず、今回1月13日に実施された台湾総統選挙について、澁谷氏は、与党・民進党は頼清徳現副総統を総統候補、在米代表の蕭美琴を副総統候補として擁立、国民党は新北市長だった侯友宜を総統候補、趙少康を副総統候補に指名しているが、国民党の副総統候補はかって陳水扁氏と台北市長選挙を争った人物であり、このような旧態依然とした政治家を立ててくる段階で、国民党の勝つ見込みはほとんど感じられなかったと述べました。

 そして、台湾民衆党の柯文哲は、長い間、国民党と民衆党の連合(「青白合作」)を模索してきたけれども、結局、柯文哲は自分が総統候補に なると譲らず、「青白合作」を決裂させ、総統候補として出馬した(副総統候補は同党の呉欣盈)。その段階で、ある意味選挙の結果は見えていたと述べました。(台湾では、選挙 10 日前から世論調査は禁じられていますが、昨年 12 月 29 日、台湾民意基金会が発表した支持率では、民進党の頼蕭ペアが 32.4%、国民党の侯趙ペアが 28.2%、民衆党の柯呉ペアが 24.6%、1 月 1 日、国民党系の TVBS が発表した数字では民進党の頼蕭ペアが 33%、国民党の侯趙ペアが 30%、民衆党の柯呉ペアが 22%、翌 2 日、聯合報は、民進党の頼蕭ペアが 32%、国民党の侯趙ペアが 27%、民衆党の柯呉ペアが 21%)

 そのうえで、中国共産党は今度も台湾総統選へ干渉してきたと澁谷氏は指摘し、その主導者は、おそらく習近平の著作を代筆している王滬寧。)第 1 に、鴻海(ホンハイ)の郭台銘が(国民党系)無所属で出馬する予定だったが、習政権はそれを断念させた。第 2 に、習政権は、民進党が勝利した場合、海峡両岸経済協力枠組協定(ECFA)を破棄すると脅した。第 3 に、選挙前に、習政権は台湾本島上空に偵察気球を飛ばしている。第 4 に、選挙直前、習政権は四川省から「衛星」(ミサイルと思われる)を打ち上げたが、台湾南部上空を通過している。台湾国防部は国民に「警戒アラート」を鳴らした。澁谷氏はこの4点を挙げました。

 他方、1 月 10 日、「中台統一派」の馬英九元総統が「習近平主席は信頼できる」と発言し、侯友宜・国民党総統候補さえ驚かせ、国民党はこの発言を消そうと大変だったと澁谷氏は述べました。

 総統選は、選挙直前の予想通り、民進党の頼清徳・蕭美琴が勝利している。投票率 71.86%は、前回 2020 年と比べると 3.04 ポイント下がり、頼蕭ペアは 558 万 6019 票(得票率 40.07%)、侯趙ペアは 467 万 1021 票(同 33.48%)、柯呉ペアは 369 万 0466票(同 26.45%)という結果に終わっています。そして澁谷氏は、仮に、国民党の侯友宜と台湾民衆党の柯文哲が総統・副総統ペアになっていたら、総統選の結果がどうなっていたかはわからないこと、一方、立法委員選挙では、民進党が 51 議席(前回比-10)、国民党が 52 議席(同+ 14)、民衆党が 8 議席(同+ 3)、無所属 2 議席(同- 3)をそれぞれ獲得。立法院は定数 113 なので、民進党は過半数の 57 議席に6 議席足りず「少数与党」へ転落したと述べました。

 この結果を見ると、澁谷氏によれば、台湾の民意は、「理念」の総統選挙では、民進党に未来を託したが、一方、国内問題(主に経済)では民進党に批判的だった事がわかると述べ、仮に、立法院で「青白連合」(国民党と台湾民衆党の「合作」)が成立すると、たちまち法案が通らなくなる、台湾民衆党が立法院のキャスティングボードを握ったことを指摘しました。

 このような政治状況の中、頼清徳・次期総統が誰を行 政院長(首相)にするかが大きなカギとなるが、そこでは2 つのパターンが考えられる。①民進党の有力者を行政院長に指名する。ただし、この場合、政治が動かなくなる可能性がある②野党の有力者を行政院長に指名する。奇策だが、柯文哲・民衆党主席を行政院長か行政院副院長に指名する手法があるかもしれないと澁谷氏は述べ、今後の政局運営の難しさを指摘しました。

 また一方、今後の中台関係については、原則、台湾側は しっかり守りを固め、中国軍の「台湾侵攻」に備えておけば良い。軍事的な危機を唱える論者も多いが、目下、習近平主席は政権運営に行き詰まり、四苦八苦している。現時点で、中国軍の「台湾侵攻」はまず考えられないだろうと、過剰に危機を誇張する説に対しては澁谷氏は懐疑的でした。

 その理由として、解放軍最強と謳われるロケット部隊が粛清に次ぐ粛清に遭い、まったく動かなくなっている。中国の陸・海・空軍は、強力だと言われているが、実は、それほど強くないし、他方、台湾軍は決して弱くはない。かつ、アメリカ大統領選挙の結果がどうなろうと、アメリカが台湾を手放すことはあり得ない。それは民主主義の防衛という理念だけではなく、そ台湾積体電路製造股份有限公司(TSMC)という世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)が存在するからだと澁谷氏は指摘しました。

 また、中国の人民解放軍は、トップの習主席が台湾侵攻の命令を出しても、そのまま従うような軍組織ではない。元来、解放軍は「ゆるやかな連合体」で、党の軍隊というよりは、様々な党幹部の「私兵」のようなもので、習近平の指揮下に一糸乱れず従うとも限らない。むしろ、習近平政権の危機・崩壊の方がよほど現実的だと澁谷氏は述べました。

 まず、政治的に、習主席は軍を中心に粛清を繰り返し、元老達や「太子党」から反発が強い。特に、秦剛・前外相、李尚福・前国防相、ロケット部隊のトップ、李玉超など、習主席自らが抜擢した人達が失踪したので、主席は面子を失っている。習主席は暗殺を恐れ、昨年 9 月の BRICS サミットと 12月の訪越の際、北京に直接戻らず、新疆ウイグル自治区や広西チワン族自治区を視察してから帰京している。

 経済的には、習主席は「改革・開放」をやめ、社会主義路線(民間企業を冷遇し、国有企業を優遇)へ回帰した。例えば、IT 関連やゲーム業界、教育産業等、成長著しい産業を抑圧している。その結果、経済が低迷し、不動産開発企業(中国恒大や碧桂園等)、シャドーバンク(中植グループ)が次々と倒産している。習近平政権は、昨 2023 年の経済成長率を 5.2%と吹聴しているが、誰が見ても本当はマイナスである事は明らか。このような状況下、中国ではほとんどの銀行は国有だが、不動産開発企業やシャドーバンクに資金を貸し出している。したがって、国有銀行も不良債権が増加した。

 また、多くの地方政府は「ゼロコロナ政策」を推進したので、財政が悪化している。加えて、中国経済の停滞で、地方政府は、不動産からの歳入も激減し、今や公務員給与の遅配、欠配は当たり前となっている(典型例は天津市)。近頃では、軍や警察でさえも給与の遅配・欠配が生じている。そこで、習近平政権は、あらゆる所からカネを奪い取ろうとしている。最近、「太子党」から少なくても資産の 3 分の1 を上納させた。また、庶民の銀行預金 200 兆元(約 4000 兆円)をターゲットにしているという。そして、すべての銀行預金を凍結する可能性もありうる。

 中国の若者の失業率が極めて高い。およそ約半分の若者が失業中で、「寝そべり」か「親へのすねかじり」生活をしている。2020 年 5 月、故・李克強前首相が中国では、6 億人以上が月収 1000 元(約 2 万円)だと暴露した。最近、中国では 9 億 6400 万人が月収 2000 元(約 4 万円)以下で生活しているという数字も明かされている。中国では、貧富の格差を示すジニ係数が 2020 年で 0.704だった。この数字ならば、いつもで反乱やクーデターが起きてもおかしくないだろう。澁谷氏は以上のような現状を指摘し、中国を過度に恐れることなく、冷静な分析をすることの必要性と、だからと言って仮に習政権が倒れたからと言って中国が直ちに民主的な国になるとも思えない、中国国民は残念ながら民主主義とはなにかも知る機会がなく、再び新たな独裁体制が生まれる可能性が高いと述べて講演を終えました。

 その後は、イリハム・マハムティ常任副会長が、台湾の選挙前後約1週間、同地に滞在した時の印象について述べ、台湾が日本との関係を最も重視していることを日本国民ももっと知るべきであり、ジャーナリズムも台湾の声を報じてほしいと述べました。その後は質疑応答ののち、4時半に今年最初の講演会は閉会となりました(文責 三浦)

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