【ニューデリー杉尾直哉】チベット亡命政府(拠点・インド北部ダラムサラ)のロブサン・センゲ首相(43)が16日、ニューデリーで毎日新聞の単独取材に応じた。中国四川省のチベット族自治州を中心に、この1年で中国支配に抗議して若いチベット僧らが焼身を図るケースが20件を超えたと明かした。今月22日のチベット正月や、「チベット動乱」から53年に当たる3月10日に向け、焼身による抗議運動と、これを弾圧する中国側の動きが強まる恐れがあり、「非常に憂慮している」と述べた。
昨年、中東に広がった民主化運動「アラブの春」は、チュニジアの若者による焼身自殺が発端だったが、センゲ氏は「アラブ世界には人々が抗議できる場所があった」と語り、抗議する場所すらないチベット族との違いを強調した。
センゲ氏は16日から米国、カナダ、イタリアなどを訪問する予定で、経由地のニューデリーにあるチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の事務所で取材に応じた。訪米は昨年8月の首相就任後2回目だが、11月の初訪米時と違って私的訪問のため、米政府側とは接触しないという。だが、各地の大学などで講演し、チベットの惨状を訴える計画だ。
中国政府は、チベット高原一帯で「高度の自治」を求めるダライ・ラマを「分離独立主義者」とみなし、自治区のチベット族たちへの同化政策として中国語教育を施したり、かつては寺院の破壊などをしたこともあった。近年はインフラ整備などを通じてチベット族たちの生活改善を図るが、抗議デモなどは事実上禁じられている。
ダラムサラの非政府組織(NGO)などによると、昨年3月から16日までに焼身を図ったのは23人で、うち14人が死亡したとみられる。1月以降の1カ月半で焼身は11人(死者は6人)とエスカレート。死者には若い尼僧も含まれ、「チベットに自由を」と「ダライ・ラマの帰郷」などと叫んで火をつけたという。
センゲ氏は「中国がチベット族自治州に大量の軍を送って事実上の戒厳令を敷いており、平和的なデモすらできない。抗議しようとすれば拘束、殺害される」と述べた。
1月26日に焼身のような過激な行動をやめるようビデオメッセージで世界のチベット人に向けて訴えた。しかし、「呼びかけとは裏腹に抗議が続いている」「今後事態がどう展開するか分からない」と危機感を示した。
センゲ氏の就任から半年が過ぎたが、最大の課題である中国との交渉については、「対話を拒否する中国の強硬政策は成功しない。平和的な対話しか解決策はない」と述べた。
◇チベット社会、悲鳴と無力感
中国のチベット族自治区で相次ぐ焼身抗議は、中国当局の弾圧を受け続けるチベット人たちの悲鳴だ。中国の次期最高指導者とされる、習近平国家副主席の米国訪問直前にも、19歳のチベット僧が焼身を図った。中国政府はインド北部ダラムサラを拠点とする亡命政府の存在を認めておらず、亡命社会には無力感が漂う。
今月に入り、衝撃的な焼身のニュースが相次いだ。3日、四川省北部の色達県で、遊牧民3人が一緒に焼身を図り、うち1人が死亡した。これまで抗議の焼身はチベット僧がほとんどだったが、一度に3人の一般住民による決死の行為は初めて。11日には、四川省のアバ・チベット族チャン族自治州で18歳の尼僧が焼身で死亡。あどけない顔でほほ笑むこの尼僧の写真がネットなどを通じて広く伝わり、人々は悲しみを深めた。
悲報が伝わるたび、世界に散らばる亡命チベット人社会に大きな動揺をもたらしている。ダラムサラでは、人々がろうそくをともし、祈りをささげている。
ダラムサラの社会活動家、ロブサン・ワンギャルさん(44)は、「センゲ首相ら亡命政府側がいくら訴えても焼身はやまない。中国の抑圧に苦しむチベットの現状は、我々のように外にいるチベット人には理解できないほど深刻なのかもしれない」と指摘した。
チベット支援の日本の非政府組織(NGO)「ルンタ・プロジェクト」代表でダラムサラに27年間居住してきた中原一博さん(59)は取材に、「チベット人の抗議が強まるほど、中国側は力による支配を正当化し、さらにその抗議で焼身が続く。悪循環だ」と話した。【ニューデリー杉尾直哉】
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■ことば
◇ロブサン・センゲ氏
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が政治活動引退を表明したのを受けた11年3月の首相選で、得票率55%で初当選。8月、首相に就任した。就任演説で、中国に対してチベット住民抑圧を批判する一方、対話も呼び掛けた。インド西ベンガル州ダージリン郊外の農村生まれの「亡命第2世代」。米ハーバード法科大学院で博士号取得。
チベット:亡命政府首相インタビュー 中国に抗議、焼身20件 「解決策、対話のみ」 – 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/world/news/20120217ddm007030160000c.html